[ごみ収集方法の切り替えと焼却場]

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【ごみ収集 紙袋による収集】
 昭和三十八年(一九六三)の建設大臣勧告に基づき国道一号線沿いのごみ箱を撤去したことを契機に、浜松市は翌年六月にごみ収集方法改善テストを開始し、同四十年六月に第一次地区として北、城北、西、県居、東地区の二十一カ町で紙袋による収集を始めた。そして翌年二月から収集地区全域で紙袋による収集が開始された。紙袋による収集の利点としては、ごみ箱からかき出す手間が省け、能率的で収集回数が増やせる、作業する人が清潔になる、ごみ箱が消えて道路が広く使え、町の美化と衛生に役立つ、ごみ箱による事故がなくなる等を挙げていた。
 
【焼却場】
 市域の拡大と人口の増加に伴って増え続けるごみの処理のため、市は広大な江之島町の焼却場の敷地にもう一基焼却場を新設することとし、昭和四十三年九月に完成した。これは鉄骨スレート葺きで、高さ五十メートルの煙突、六基の焼却炉を備えたもので、これまでの機械炉と異なり、固定炉を採用したことにより、ごみが完全に焼却されるまで外に押し出されないようになった。処理能力は八時間運転で六十トンと従来のものと同一であった。これに続いて、同四十九年三月には大規模な北部清掃工場が完成した。