[庄内干拓の中止]

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【庄内干拓事業】
 国営浜名湖庄内干拓は、昭和二十七年に天竜東三河特定地域総合開発計画の一環として庄内半島と伊佐見村・和地村の間の浜名湖を干拓する計画で打ち出された事業である。しかし、国と地元漁業者の間で干拓問題をめぐって五年間にわたって難航し暗礁に乗り上げていた。庄内干拓事業は庄内海面六百十二ヘクタールを干拓し田五百五ヘクタール、畑二十ヘクタール、堤防など九十二ヘクタールを造成するという事業であった。昭和三十五年二月三日、問題解決のために農林省と湖内十六漁協組合長との間で懇談会が持たれた。席上農林省側は「国営庄内干拓事業に伴う漁業対策」を文書で提案し理解を求めた。提案された漁業対策の内容は次のようなものであった(『静岡新聞』昭和三十五年二月四日付)。
 一、方針 ①庄内干拓事業を実施するに当たつては浜名湖総合開発計画との関連については配意調整を図るとともに並行的に開発事業の実現を促進する。②干拓に伴う漁業者の生業に及ぼす影響に対しては、国の漁業補償に併せて漁業者の生活安定のための施策を講ずる。③前記の実施を確保するため、国の好意ある施策を要請するとともに、県並びに関係市町村は積極的にこれが補完の措置を講ずる。
 二、漁業補償 干拓事業に伴う漁業補償は、農林省と漁業組合長等との間においてあらかじめ交渉を行ない協議が熟し、妥結案を得た場合は、改めて漁業組合総会(または総代会)にはかり、農林省との間において妥結するものとする。
 三、漁業者の生活安定方策 ①漁場の喪失に代り、現在の生活水準を維持できるよう水産開発の施策を講ずると共に、干拓地に漁業者を優先的に入植、増反させ農業への転換を図る。②水産開発については、水産学術調査の結果に基づき、次の措置を講ずる。(イ)潮通しを開さくして、舞阪漁港の保全と魚族の誘致を図る。(ロ)浅海部面を開発して、のり養殖並びに漁場としての高度利用を図る。(ハ)蓄養場並びに魚礁等を設置して、漁業収益の増大を図る。(ニ)前記(イ)(ロ)の事業実施に当つては、掘さく土を利用して、埋立地の造成を行ない、極力漁業者の負担を伴わないよう措置する。③農業に転換する者に対しては、それぞれ必要な耕地を優先的に配分することとし、また農業への転換の場を拡充するため、湖内における、その他の干拓適地についても、その早期開発を推進する。
 その後、漁業者側は「条件付き賛成」「条件付き反対」「絶対反対」など意見が分かれ、紆余(うよ)曲折を繰り返した(十六漁協のうち四漁協反対、十二漁協賛成)。最終的には入出、新居、舞阪、雄踏の四漁協の反対で着工できず、昭和三十六年暮れには事実上中止になった。