【復興土地区画整理事業完工 浜松復興記念館】
国の戦災地復興計画基本方針に基づいて昭和二十一年から始まった戦災復興土地区画整理事業については『浜松市史』四に詳しく述べた。一部の市民の反対等によりその区域は大幅に縮小され、事業の中断や縮小、廃止が相次いだ。和地山工区のみは比較的順調に進展し、昭和四十七年三月に換地処分が完了、駅南工区全部と中央工区の一部は戦災復興事業では完成できず、都市改造事業として施行されることになった。この事業は昭和四十四年度まで続いた。そして駅南工区の換地処分が同五十一年十月に、最後まで残った中央工区の換地処分が昭和五十八年三月に終了、この事業は三十七年の長きにわたった。昭和五十九年三月十四日、浜松市民会館において建設大臣(代理)や知事(代理)を迎え、浜松市はこの復興土地区画整理事業完工記念行事を実施し、同六十一年三月には事業の詳細を記した『浜松市戦災復興誌』を刊行した。また、復興土地区画整理事業の完工を記念し、戦争の悲劇を後世に伝えようと、多くの資料を集めた浜松復興記念館が昭和六十三年八月十五日に利町に開館した。