【消費税】
昭和四十八年秋の石油ショックは二十年近く続いた高度成長を終焉(えん)させ、翌年は戦後初めてマイナス成長に落ち込んだ。このような不況に対して政府は、景気刺激策として、公共事業を中心に財政支出を大幅に増やしていった。財政支出が膨張する一方で、税収は不況によって落ち込み、その結果、財政収支は赤字になり、それを埋め合わせするために国債が大量に発行されていった。毎年十兆円を上回る国債が発行され、昭和六十三年には国債の発行残高が百五十六・八兆円という巨額な規模に膨らんだ。自民党政府は、この赤字を減らす目的で、昭和五十四年に一般消費税、同六十一年に売上税の導入を試みたが、いずれも失敗した。昭和六十三年にようやく消費税法が成立し、平成元年四月一日より三%の消費税が施行された。消費税の導入前から「大衆課税」「欠陥だらけ」などの批判が強くあったため、三年後の平成三年に消費税の一部見直しが行われた。その後、問題を抱えながらも消費税は定着していった。浜松市内のスーパー、デパート、商店街では導入前の三月には駆け込み需要により売り上げが大幅に増えたものの、導入後の四月以降になると、その反動により売り上げは減少していった。