【ベンチャー企業】
コンピュータを軸にした技術革新は、従来の大企業を頂点とするピラミッド型産業組織に変化を起こした。昭和四十年代後半頃になると浜松でも、自ら先端技術を開発し、大企業と対等に渡り合う中小企業の旗手が現れ始めた。従来、浜松の地域産業はオートバイ、楽器といった低価格量産指向の強い産業によって主導されてきた。しかし、これらの産業が成熟期に入るとともに、大手メーカーは国際化を進めていった。そのため中小の下請企業は安定的に受注を得られなくなり、新しい分野への転身を図る必要が出てきた。そのような背景の中で、エレクトロニクスとメカトロニクスを結合させた開発型企業がベンチャー企業として誕生してきた。例えば、レーザー光線の技術開発を進めるブローチ研削工業所(曳馬町)、染色から浜松テレビ傘下の電子部品製造に転換した高丘電子(高丘町)などであった。
中小企業の特性である小回り性を生かし、大企業が参入できない小さな市場や隙間市場を狙って研究開発型の企業が登場してきた。省力機械からホビー商品、医療機器など多業種にわたる多品種少量生産に徹している榎本工業(助信町)もベンチャー企業の一つである。同社は、もともと鋳物専業の工場であった。昭和四十八年のオイルショック後経営が悪化したため鋳造を完全に整理し、百八十度の事業転換を成し遂げた。商品開発から組み立てまで一貫生産体制を敷き、多品種少量、高精度・高品位を武器に顧客のニーズに対応した生産体制を作り上げた。
エレクトロニクス分野のベンチャー企業の一つにオーム電機(住吉町)がある。同社は大手企業が参入できない隙間商品の研究・開発に力を注いできた。同社のヒット商品にピムコという半導体素子を使った自動精密位置決め装置がある。ピムコは自動組立機、NC旋盤、NCフライス盤、産業用ロボットなどに取り付けられるメカトロニクスの接点とも言える製品である。このほか、学校の教材用として榎本工業との共同開発した卓上型NC旋盤、無人化工場の自動保守システム、光ファイバーを使ったデータ電送などを開発してきた。
ギョーザの全自動製造機を開発して一躍有名になったのが東亜工業(三方原町)である。同社はもともと金型の専門メーカーであったが、オイルショックに見舞われ危機的状況に追い込まれた。そのような時、ある食品販売会社からギョーザマシンの製作依頼があり、これを転機に金型メーカーから食品機械製造分野へ転身した。ギョーザ全自動製造機で基盤を築いた東亜工業は、さらに新製品の開発に乗り出した。新しい食品製造機械はシュウマイ、春巻きなどにも応用できる汎用性を持たせ、コンパクト化を図った。
超音波濃度計を製造販売している富士工業(和田町)もベンチャー企業の一つである。同社は昭和五十一年九月に設立された新しい会社で、気体中にある炭酸ガス量を測定して濃度をコントロールする超音波気体濃度計を開発した。その後、住友ベークライトとOEM(納入先ブランド生産)契約を結び、同五十三年から生産を開始した。同五十六年には超音波とマイコンを組み合わせた超音波液体濃度計を開発した。同社の濃度計は、ユーザーの利用目的に応じてプログラムの内容を組み替えるため、全て受注生産である。加えて特許製品であるため他社の追随を許さない強みを持っている。