[浜松地域テクノポリスと企業誘致]

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【テクノポリス】
(1)テクノポリスとは  戦後のわが国の産業発展は、あらゆる産業を装備するというフルセット主義によって成り立ってきたと言える。しかし、一九八〇年代に入ると、経済の国際化、サービス化、先端技術化、知識集約型産業化といった構造的変化が進行し、新たな対応が迫られた。また、先端産業や研究開発機能は東京圏に一極集中していたため、地方圏との格差が拡大していた。そこで、通産省は昭和五十五年三月テクノポリス建設構想を打ち出し、同五十八年七月には高度技術工業集積地域開発促進法(テクノポリス法)を施行、地方産業の先端技術化を推し進めることになった。テクノポリスとは、地域の文化・伝統と豊かな自然に先端技術産業の活力を導入、「産」(先端技術産業群)、「学」(学術研究機関・試験研究機関)、「住」(潤いのある快適な生活環境)の調和したまちづくりを実現することにより、産業構造の知識集約化と高付加価値化(創造的技術立国)を図り、二十一世紀へ向けての地域開発の目標を達成するという構想であった。
 このテクノポリス構想は、アメリカのシリコンバレーをモデルにしているが、従来の地域政策とは異なった特徴を持っていた。第一は、従来の重化学工業に代わって先端産業が中核的な産業として位置付けられた。第二は、導入地区において、従来の臨海部から空港や高速道路周辺の内陸部が開発の拠点になった。第三に、従来のハード的インフラ整備からソフト的なインフラの整備が重視された。
 このような特徴を持つテクノポリス構想を実現する上で、政府は地域指定を受ける要件として、次のような指針を打ち出した。
 
 ①自然的、社会的、経済的な一体性を確保するために、おおむね半径二十キロメートル以内の圏域(約十三万ヘクタール)であること。
 ②各種都市機能を活用するため、おおむね人口十五万人以上の都市が存在すること。
 ③産業部門と学術部門の連携が必要であるため、高度技術の開発・利用を行う企業が相当数あるとともに、工科系大学が存在していること。
 ④工場や増加居住人口を受け入れるため、工業用地、住宅用地の確保が容易であること。
 ⑤新幹線、空港、高速道路のいずれかの高速交通体系が利用可能であること。
 
【浜松地域テクノポリス基本構想】
(2)浜松地域テクノポリス構想  浜松市は、昭和五十五年八月テクノポリス構想のモデル都市に選定されるよう要望書を通産省と静岡県などに提出し、誘致運動に乗り出した。浜松市が誘致に乗り出した意図には、従来、地域経済を支えてきた楽器、オートバイ、繊維の三大産業が成熟期に入ったため、新しい産業の成長が必要であるといった認識があった。同五十六年四月にテクノポリス建設を支援するために財団法人ローカル技術開発協会を発足させ、さらに五月には市役所内に産業立地対策室を設置、同市議会にも産業立地対策特別委員会を設けた。同五十七年四月には浜松地域新技術産業都市構想推進協議会(会長・栗原浜松市長)が浜松地域テクノポリス基本構想を発表した。この基本構想は①建設の背景、②計画理念と目標、③産業コンプレックスと創造的社会基盤形成の基本構想、④圏域の基本構想、⑤建設の効果、⑥実現への課題、の六つの柱から構成されていた。圏域は浜松市を母都市として浜北市、細江町、引佐町の二市二町をテクノポリス圏とした。さらに、浜松地域がテクノポリスに適した地域として①三大産業に加えて電子機器などの先端技術産業が展開していること、②静大工学部、浜松医大など学術研究機関が集積していること、③浜名湖など優れた自然環境の中に位置している点などを挙げた。計画理念としては、地元の旺盛な企業家精神と先端技術の開発推進を結び付け、計画的に都市整備を図りつつ、技術立国日本の中核的役割を担うことを目標に掲げた。このような目標を実現するために①光技術産業、②ホームサウンドカルチャー産業、③高度メカトロニクス産業、④航空運輸、宇宙、医療、情報通信システム産業、⑤システム・ハウスなど新しいタイプの中小企業群の五つを挙げ、これらの産業が産業コンプレックスを形成することによって新しい産業を構築していくとした。また、研究機関の集積を図るために、現在ある機関のほか光情報技術総合研究所、材料特性評価センター、画像情報社会実験センター、浜松エレクトロニクスセンターなどを設置し、産学官連携を進めるとした。そしてテクノポリス建設の効果として、地域の技術革新、広域にわたる経済開発、地域社会の新しい文化・意識の醸成などを挙げた。なお、テクノポリスを実現する上での課題として、①高等教育、研究機関の整備充実、②情報流通体制の整備、③土地の確保、造成、④水資源の確保、⑤基幹交通体系の整備、⑥金融助成制度の充実などを指摘している。
 この基本構想の発表後、昭和五十七年九月にテクノポリス推進本部が県に設置され、県市の一体化した誘致運動が展開されていった。同五十八年四月にテクノポリス法が成立し、七月に同法が施行されると、同年十一月二十一日、静岡県は浜松地域テクノポリス開発計画書を正式に国へ提出した。昭和五十九年三月二十四日、浜松地域は、全国九地域の中の一つとして指定を受けた(第一次承認)。政府は、その後順次指定地域を追加することとした(合計二十六地域が指定)。
 
【都田開発区】
(3)用地の取得  浜松市は周辺二市二町(浜北市、天竜市、細江町、引佐町)と共に浜松地域テクノポリスとして地域指定を受け建設を進めた。しかし、テクノポリス計画を推進する上で、用地問題は当初から最大の懸案であった。従って、一カ所にまとめてテクノポリス区を建設するのではなく、立地可能な場所に企業や研究施設、住宅などを分散させて建設、道路網や通信網の整備により有機的に結合させるという、他の地域とは異なった分散型の計画を策定した。そのため、審査の最終段階でも、国から「用地問題」が指摘された。そこで浜松市は用地交渉を早急にスタートさせることになった。浜松地域テクノポリスの中核的機能を担う都田地区は三方原台地の北端に位置し、開発面積は約二百四十三ヘクタールにおよび、開発区内には企業・工場、研究所、住宅、学校、公園など「産・学・住・遊」の調和のとれたまちづくりを目指した。都田地区の開発は、対象区域内にミカン園、茶園、山林、野菜等の畑地が多く、地権者との用地買収交渉から始まった。当初、地区によっては地権者の中に賛成者が少なかったが、用地買収価格に上乗せ価格を提示すると一挙に交渉が進み、昭和六十一年一月までにほぼ七十%の地権者と仮契約が成立した。その後も土地の買収が進み、同六十二年八月十八日に都田開発区の起工式が行われ、本格的にスタートした。平成元年十二月には第一工区と第二工区の整地工事が完了し、平成二年三月には企業用地の分譲が開始された。
 
(4)企業誘致と今後の課題  昭和六十二年、造成工事の進行に歩調を合わせ企業の誘致活動が活発化した。同年十一月には東京と浜松で都田開発区の企業立地説明会が開催された。東京では九十四の企業が参加し、浜松での参加企業は三十六社で現地での視察も行われた。立地条件が良くテクノに関心を寄せる企業が多くあったものの、東名のインターと連結する道路の整備や周辺道路の整備を急ぐべきといった指摘もあった。
 
 平成元年十月、浜松市は都田開発区への第一次進出企業四十一社を内定した(表3―16)。進出が内定した企業の業種は、コンピュータ・ソフト、楽器、高度メカトロニクス、バイオテクノロジー、新素材、光など多岐にわたった。ソフト開発の高岳製作所、新素材のニチアス、情報サービス業のマスなど、いわゆるIT関連産業は東京からの進出組も多かった。また、内定企業の七割が地元企業で占められており、その理由も規模の拡大が多かった。内定企業の分譲面積は平均一・五ヘクタールで、合計約七十ヘクタールになり、同開発区の企業用地の七割を占めた。また、静岡県は、浜松地域テクノポリスの中核施設として、浜松繊維工業試験場と機械技術指導所を統合して静岡県浜松工業技術センターを設立することにした。同センターは、新たに光・電子などの高度先端技術部門を加えることによって地域企業の技術開発や技術の高度化を支援することになった。
 しかし、このテクノポリスが地域の産業構造を転換する契機になるかどうかは、いくつかの課題を乗り越えなければならなかった。第一は、従来、地域経済を支えてきた三大産業(オートバイ、楽器、繊維)の発展により培われてきた量産技術と次世代型のコンピュータや航空宇宙などが要求する技術には大きな開きがある。第二は、地域内には、既にベンチャー型の研究開発型企業があるものの、在来型の中小企業や下請企業とうまく結び付いていない実態があった。これらの課題をどう克服していくかがテクノポリス構想を地域に根付かせる鍵である。
 
表3-16 テクノポリス第一次内定企業の概要
企業名
本社
所在地
主な業種
クラベ
可美村
光技術応用機器・センサーなどの開発
高岳製作所
東京
コンピュータ技術・ソフト開発
イージーコンピュータシステム
東京
パソコンソフト開発
日本電波
東京
刺しゅう自動機器・高速ネットワーク情報機器の開発
ベン
東京
バルブ弁の研究開発
目星電気
雄踏町
光ファイバー関連機器の研究開発
アツミ電気
浜松
セキュリティーシステム機器の研究開発
ハマネツ
浜松
バイオ技術の研究開発
テイボー
浜松
マーキングペン応用の新素材の研究
浜松ヒートテック
浜松
セラミックスの研究
河合楽器製作所
浜松
電子・音響研究
ヤマザキ
浜松
工業用専用工作機器の開発
平安鉄工所
浜松
メカトロ総合開発
ローランド
大阪
電子楽器の新製品開発
フロイント産業
東京
医薬品・食品コーティングの研究開発
ローラントディー.ジー.
浜松
コンピュータ周辺機器の開発
テクモ
東京
アミューズメントソフトの開発
ハイライト工業
浜松
超合金の研究開発
松浦製作所
浜松
自動車用プレス金型などの設計・加工技術開発
太平洋アスティ
浜松
衛星放送受信システム、ソナーの研究開発
立石技術サービス
東京
総合エンジニアリング・FA開発
杉田工業
浜松
ばね新製品の開発
日本精機
浜松

(異業種交流)FA開発、ソフト開発
オリオン工具製作所
浜松
エヌ・エス・ティー
浜松
マルカ電装
浜北
モアソンジャパン
浜松
ソフト開発、応用システム開発
彦坂機技
浜松
専用工作機器の研究闘発
マス
東京
都会向けコンピュータソフトの開発
カインドウェア
東京
アパレル研究・研修施設
イハラ製作所
浜松
精密工作機器の開発
システック
浜松
OA機器のソフト開発
神津製作所
浜松
自動車用マフラーの研究開発
エフ・エイシステム研究所
浜松
汚泥処理・土木工事の新工法研究
サン化学工業
浜北
特殊樹脂など材料の研究開発
新日本ホイールエ業
浜松
自動車用ブレーキの研究
石川鉄工
東京
新素材の研究開発・技術開発
静岡県産業環境センター
浜松
環境測定・分析測定
和泉電気
大阪
電子関連のシステム研究
ニチアス
東京
セラミックス・新素材の研究
浜松ホトニクス
浜松
光技術関連製品の開発・研究
出典:『静岡新聞』平成元年10月7日付