交通事故件数増加と死亡事故の多さの要因は、基本的には、乗用車と二輪車の顕著な増加と交通ルール無視といった運転マナーの悪さに求めることが出来る。これらへの対策として、中央・東両署や市は、交通取り締まり、交通安全指導の徹底を図るとともに、スピード規制・駐車禁止等をはじめとする総合交通規制の実施や交通管制システムを導入するなどして市内交通環境の整備を図った。また、二輪のヘルメット着用(自動二輪のヘルメット着用の義務化は昭和五十三年、原付のそれは昭和六十一年)、四輪のシートベルト着用(義務化は昭和六十一年)の指導を強化した。
【都市総合交通規制 面規制】
都市総合交通規制として昭和四十五年から鍛冶町や千歳町で各種交通取り締まりを行ったが、昭和四十八年三月一日から市役所を中心とした地域で本格的な面規制を開始した。これは、一定の地域を指定して、その地区内の駐車禁止、一方通行、夜間乗り入れ禁止等の規制措置をとるとともに、横断歩道、路側帯、歩行者用道路などを新設するものである。面規制はその後、浜松市の中心部から周辺地域へと広がった。
【スクールゾーン】
面規制と並行して、小学校や幼稚園の半径五百メートルの範囲で、歩行者と車両の通行を分けたり、駐車禁止、一方通行、速度制限を設けたりして、通園・通学時の園児や児童の安全を図るスクールゾーンが設置された。昭和四十七年四月の春の交通安全運動で市内の元城、広沢、西、附属など二十の小学校の周辺をスクールゾーンに設定した。
【交通管制システム 浜松交通管制センター】
昭和五十一年三月、駅北一帯の約三平方キロメートルを対象に市街地幹線道路の信号機をコンピュータで集中制御し、車の流れをスムーズにする交通管制システム工事が終了した。同年四月八日には、浜松中央署内にシステムを統轄する浜松交通管制センターが運用を開始した。県内では静岡市に次いで二番目の設置であった。
コンピュータに制御されるのは国道一五二号線、同二五七号線、鍛冶町通りなど主要四十交差点、これと連動する交差点を入れると五十一交差点であった。交通管制センターがコンピュータで信号機、車両感知器、監視用テレビと可変標識などを制御し、集めた交通情報を各信号機に指令するものであった。昭和五十二年四月には同センターの管制エリアが大幅に拡大された。
【ゾーンシステム】
昭和五十八年二月には、浜松市は中心市街地の交通混雑解消、商業の活性化を目指して、中心市街地交通管理計画推進懇談会を発足させ、いわゆるゾーンシステムの導入を図った。これは面的な通行規制を行って通過交通を排除し、歩行者やバス・タクシーといった公共交通機関を優先させ、商業の活性化につなげようという全国でも初の試みであった。ゾーンシステムは、昭和六十年十二月の遠鉄高架化完成(既述)に合わせて導入され、その後も段階的に内容の充実が図られた。
交差点事故対策として、出合い頭事故防止のため、これまでも交差点に停止反射鏡(ストップアイ)などを設置してきたが、昭和五十年からは路面反射鏡(ブロックポイント)、路面点滅鋲(びょう)(ロードフラッシャー)等を設置する、いわゆる投光作戦が実施された。
二輪車対策としては、昭和五十八年、交差点で二輪車と四輪車の停止位置を区別して接触事故や巻き込み事故を減らすことを狙いに二段階停止線が県内で初めて市内主要交差点に登場した。また、昭和六十一年十二月には、県下で初めて事故防止用に二輪車レーンを市道有玉南中田島線等(県内五カ所、市内で二カ所)の一部区間に設置した。
自転車対策としては、昭和五十四年四月に中央署管内三カ所の交差点に自転車横断帯が設置され、その後、ほかの多くの交差点にも設置された。