【ワクチン療法】
数多い感染症(病気)から身体を守る重要な方法の一つに、ワクチン療法がある。そのワクチンで予防可能な細菌による感染症は、肺炎球菌、ジフテリア、破傷風、百日咳、結核性髄膜炎などがある。また、ワクチンで予防可能なウイルスによる病気は、インフルエンザ、A型・B型肝炎、天然痘、風疹、おたふくかぜ、日本脳炎、ポリオ、黄熱、狂犬病などがある。平成二十四年八月二十六日付『朝日新聞』記事の緊急シンポジウムにおける多屋馨子国立感染症研究所感染症情報センター室長らの発言によれば、日本で接種が可能なワクチンとしては、細菌関連のワクチンが九種類、ウイルス関連のワクチン十七種類、細菌とウイルスとの混合ワクチンが一種類、合計二十七種類のワクチンがあるという。しかし世界標準から見る日本の予防接種体制は遅れており、世界の混合ワクチンは十八種類もあり、ワクチン・ギャップ状態と言われている。
【小児マヒ ポリオ】
昭和三十四年六月、小児マヒが厚生省の指定伝染病となり、昭和三十五年には日本で五千人を超えるポリオの大流行があった(平成二十四年八月二十五日付『朝日新聞』)。その前兆となるポリオの発症について、昭和三十四年九月十日付の『静岡新聞』によれば、浜松で初めての患者が二人発症したと報じたが、患者を浜松赤十字病院と遠州病院に隔離収容したという。
昭和三十五年二月十二日付の『静岡新聞』では「小児マヒ多発」を報じ、昭和三十四年八月から翌年の昭和三十五年二月十日現在までに十七人が発症したと記している。なお、昭和三十八年三月十六日付『静岡新聞』の記事では、「三十六年度の多発(十二件)」と言及している。
隔離収容病院は既に遠州病院、浜松赤十字病院が指定されていた。同三十五年、伝染病予防法に基づき浜松市立病院を小児マヒ患者収容病院とする指定申請がなされ、認可された(同年十一月十日付『静岡新聞』記事)。
【生ワクチン】
ポリオ予防の生ワクチンはソ連とカナダから輸入したものであるが、厚生省が静岡県に割り当てた生ワクチンは三十二万六千百人分で、昭和三十六年七月時点で配分した三十万九千百人分のうち、浜松保健所管内へは四万六千七百人分である。『静岡新聞』の報道によれば投与は順調に行われ、同三十六年八月十七日付の報道では、「十三日までに幼児と小学一年生をふくめて三万六千二百六十八人に対し行つたが」、「去月末に投与をはじめてからは発生していないし、投与による事故も見られていない」という。なお、『新編史料編六』には生ワクチン投与の口絵写真と、「経口生ポリオワクチンの投与」を通達する昭和三十六年七月二十九日付の可美村役場文書を掲載している(八医療 史料25)。
昭和三十八年三月十六日付の『静岡新聞』は、小児マヒの流行期を控えて十五日から生ワクチン投与を始めたといい、三十六年度の多発(十二件)にこりた浜松市は昨年(三十七年)度、小児と赤ちゃん三万人に生ポリオワクチンを与えたところ、一人の患者も発生しなかった、と報じている。
ポリオは小児マヒとも呼ばれ、昭和五十年代では確実な治療法がないので、ワクチン療法が有効な予防法である。生ワクチンは毒性(病原性)を弱めたウイルスを使っており、免疫がつきやすく、極めて安全とされるものの、ごくまれにワクチンに使われたウイルスの毒性が戻り、手足にまひが出たり、予防接種後の発熱などの副反応が出る場合がある。昭和五十年五月十三日付の『静岡新聞』には、医師の接種業務拒否の動きを伝えている。全国各地で予防接種に関わる事故が起き、医師の接種業務拒否が社会的な問題となったことを契機に、日本医師会は予防接種拒否の指示をした。県下の各市町村医師会でも接種業務拒否が相次ぎ、県衛生部と県医師会の交渉は進展しない状態であったが、『静岡県医師会二十年史』には同五十年六月、「予防接種一部緊急実施ときめ、ポリオと日脳の接種中止を解除す。」と記している。
患者、家族にとっても開業医にとっても大きな社会問題となった事態に対応するために、昭和五十二年九月二十五日付の『静岡新聞』には、浜松市が十月から予防接種事故賠償保険に加入するようになったことを報じている。浜松市の場合、法による救済の対象となる予防接種の種類や補償額に制限があるところから、民間の保険会社の保険も援用するというものである。事故が起きた際に補償される予防接種の種類は①ポリオなど予防接種法に基づく予防接種、②結核予防法によるツベルクリン、BCG、市が行政措置として行う予防接種、③インフルエンザ、日本脳炎、海外旅行に伴う予防接種などである。保険料は市民一人について三円である。
【不活化ワクチン】
ポリオワクチンでまひが出たと認定された子供は、平成十三年以降十年間に全国で十五人いた。しかし、ウイルスを殺して必要な成分だけを取り出して作った不活化ワクチンならばまひになる可能性は低い。欠点は免疫をつける力が弱く、不活化ワクチン接種は有料で、予防接種による健康被害の救済制度の対象にはならない、という点である。
平成二十三年八月以降、乳幼児を持つ家庭では生ワクチン接種による副反応を恐れ、ポリオ予防接種が低調になっていた(平成二十三年八月三十一日付『朝日新聞』)。不活化ワクチンの待望論が新聞紙上で大きくなり、これに同調する一部の自治体の医師会もあった。この論調を受けて平成二十四年九月一日から、不活化ワクチンの導入が決まった。自治体による生ワクチン二回の飲用から四回の注射に替わることになった。この場合、定期接種を担う自治体の財政負担が問題となっている。