医療の進歩、公衆衛生の向上、栄養の改善などによって、急速に平均寿命が延びて高齢化社会を迎えている。それに伴い成人病や老人問題が社会的緊急の課題になってきた。人口の老齢化などで医療需要が変化し、これを受け入れるための施設設備の効率化と質の問題が浮上している。ひいてはこれは老人を取り巻く医療・保健の財政問題につながっていく課題である。また、家族の形態が戦前から見て大きく変貌し、核家族化、高齢者世帯が増大している。高齢者がいる家庭では経済的扶養能力や扶養意識にひずみを抱えている場合が多い。
【痴呆】
『広報はままつ』昭和六十年九月五日号(『新編史料編六』 八医療 史料33)では、「押し寄せる高齢化社会の中で痴呆(ちほう)老人問題は、これからの焦点になろうとしています。」と問題を提起している。すなわち、「本人・家族はもちろん、これから年を取っていく私たち自身の問題」という問題意識から、いわゆる「ボケ老人の介護」を市民的課題として、その対策と治療について特集を組んでいる。
【認知症 日野原重明】
『広報はままつ』や『静岡新聞』、また医師等は、この時点でボケ・ボケ老人の語法を用いている。本稿では掲載記事の引用の場合は原文のまま用いるが、平成十七年に「痴呆」に換えて「認知症」が使用されるようになった(『浜松医師会史』八十二頁、平成二十四年七月刊)ので、認知症と記すことにする。もっとも、日野原重明医師が言うように、認知症という語法は形容矛盾ではないかという指摘もある。
【金子満雄 植村研一】
県西部浜松医療センター副院長金子満雄は浜松医科大学脳神経外科教授植村研一らと共に「浜松式簡易前頭葉機能テスト」を開発した。これは、認知症の早期発見を可能にするものであり、それに基づく治療方針が立てられるという。この『広報はままつ』の記事は金子満雄の解説に基づいている。
この解説記事や『静岡新聞』による認知症の早期発見と治療のための啓発記事を紹介すれば、次のようである。それによると、認知症の症状を示す原因のいくつかのうち、特に①脳血管性痴呆と②本態性老人性痴呆が重要である。
①の場合の原因は脳の血管が詰まって血液の巡りが悪くなることである。この症状の特徴は比較的急激に認知症が発症することである。この場合は手術で詰まった血管をつなぎ、投薬により、かなり回復する。
【アルツハイマー】
②の原因は不明であり、アルツハイマー型と呼んでいる。この場合はゆっくり認知症は進行し、「浜松式簡易前頭葉機能テスト」によって早期発見が可能であり、その後のリハビリによって進行を抑え回復することもある、という。
昭和六十一年四月十八日付『静岡新聞』の記事では、浜松市内の老人約千人を対象にした認知症の集団検診の結果が報じられている。これによると約三割が認知症の疑いがあるという。
老人ボケの早期発見に応用したテスト方式は、金子満雄の臨床治療の経験から、前頭葉の機能が損傷・低下した患者の症状が認知症の初期症状に似ていると判断したことからである。前頭葉の機能とは判断力・推理力など人間の頭脳で最も複雑な働きを同時進行でこなす働きをなすものであるという。