『わが町文化誌』シリーズの最初の二冊として『しいの森 はぎの原』(浜松市立北部公民館編)と『いろはの「イ」』(浜松市立西部公民館編)が刊行されたのは昭和六十二年のことである。ともに奥付の発行日は三月三十一日となっている。
昭和六十一年当時、市内に二十三あった公民館を拠点として始められ、最終的に二十八冊が完成を見たというこの壮大な事業は全国的にも類を見ないと言われる。ほとんどの市町村では、それぞれの行政単位としての地域の歴史が編さんされており、浜松市においても『浜松市史』(通史編は本書をもって完結)が刊行されていることは周知の通りである。ただ、これら市町村史はその行政単位が広ければ広いほど、住民が現に住んでいる各地域に関する記述は少なくならざるをえない。住民が、自分たちが現に暮らしている地域の歴史や文化を深く知りたいという、自然で当然な欲求が必ずしも満たされない場合も多いのが実情である。「地方の時代」ということが言われるようになった昭和五十年代以後、浜松市内では、住民たちの前述の欲求を満たすべく、いわば自主的自発的に編さんされた地域の文化誌が何冊か刊行されている。浜松市では、こうした動きを受けて、教育委員会の内部に市内全域のコミュニティごとの歴史・文化をそれぞれにまとめようという構想が生まれ、それが『わが町文化誌』シリーズ刊行計画となる。各中学校区を一つのエリアとして一つずつある公民館がそれぞれに拠点となった。具体的には、各公民館の主導により予算的裏付けのあるわが町文化誌の編集委員会がそれぞれの地区に立ち上げられ編さんは進められていった。この事業は可美公民館の編集による『美しかる可き里』と中部公民館の編集による『浜松中心街の今昔』(平成十七年三月)の刊行をもって完了した。結果的には、編さんに関わった公民館の姿勢や熱意の違い等によって、その出来栄えは一様ではないが、それはまた、それぞれの地域の個性とも見なし得るものであろう。