【高射教導隊】
平成十年(一九九八)七月十三日、浜松基地の第一航空団は、マスコミに今月末に教導高射隊が組織を改編し、高射教導隊と改称されると発表した(『静岡新聞』平成十年七月十四日付)。そして、同月三十一日教導高射隊は、第一基地防空群の廃止に伴い、新設された基地防空教導隊(北海道千歳基地)を統合して高射教導隊として新編された。基地防空教導隊は近距離の目標に対応する対空火器の運用について教導(教育)する部隊であった。これに対し、高射教導隊は全国に配備された高射部隊(遠距離の目標に対応する対空火器)および米国における年次射撃の教導等を担当した。この新編によって両部隊の教導が一元化されることになった。その狙いは、新たな防衛計画の一つである組織の効率化を具現化したものであった。また、この新編により両隊の機材および人員も増強された。すなわち、高射教導隊にミサイル発射器を増加配置し、新設された千歳基地の基地防空教導隊と浜松基地の整備隊も含め百十人が増員され、都合二百五十人が配置された(『遠州灘』第113号、『静岡新聞』平成十年七月十四日付)。
前述した年次射撃とは、高射教導隊の一大イベントで、国内と米国で実施され多くの隊員が教導および支援のために参加していた。平成十四年度には千歳の基地防空教導隊は、八月~十月静内(北海道)・六ヶ所(青森)の対空射場で実射を行った。また、渡米したペトリオット部隊はニューメキシコ州マクレガー射場での実弾訓練を十一月下旬に終了した(『遠州灘』第165号)。