防犯の町づくり

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【少年防犯隊 盗犯防止モデル地区 交番だより】
 昭和五十年代末からの防犯の町づくりを見ていこう。昭和五十九年四月、浜松中央警察署は新興住宅地で空き巣や車上狙いが目立つようになってきた葵東地区を盗難防止重点地区に指定、萩丘地区自治会連合会と相談して防犯意識の高揚を図った。これを受けて、同地区では昭和五十九年十月十日に県下で初めて小学生の少年防犯隊(葵が丘小の三―六年生の児童百十六名)が結成され、定期的に防犯パトロールや防犯診断、街頭活動等を行い、防犯PRに貢献した(『静岡新聞』昭和五十九年十二月二十二日、昭和六十年四月二十八日、昭和六十年十月十三日付)。また、同六十一年四月防犯広報活動に県下初のマスコットガール(市内のOL四人)を起用し、親しみを持たせようとした(『静岡新聞』昭和六十一年四月十五日付)。浜松東警察署は窃盗事件が多発傾向にある地区を盗犯防止モデル地区に指定、様々な活動を実施してきた。昭和六十三年度は管内六カ所目となる領家町を指定し、同町自治会と連携して、「交番だより」で地区指定の広報、地区内へ看板などの設置、子ども会での防犯ポスターの作成、防犯診断の実施などを行った(『静岡新聞』昭和六十三年四月三日付)。
 昭和六十年代から平成の初めにかけて浜松には深夜も営業するコンビニやスーパーが増えてきた。これを受けて平成二年十月に、浜松中央・同東・浜北の三署管内の深夜スーパー関係者ら(主にコンビニエンスストア)で組織する浜松地区深夜スーパー等防犯協会が結成され、会員店舗の自主防犯体制を再検討すると同時に三署との連携で犯罪や少年非行の防止対策を進めていった(『静岡新聞』同年十月十三日付)。
 
【防犯灯】
 市内に設置されている防犯灯は平成三年三月頃にはその数約二万六千灯あった。この防犯灯により夜間の道路も明るく犯罪の防止に役立っていた。しかし、その数は不足しており、多くの自治会は毎年その増設費用の負担に悩んでいた。この状況から浜松市は平成三年度から防犯灯の設置費の九割を負担することとし、その電気料金はこれまでの六割補助から全額補助にした(『静岡新聞』平成三年三月八日付)。これにより、市内の防犯灯の数は増えていった。同五年四月には浜松東署管内防犯協会と東地区職域防犯協会は、両協会の事務担当に専従職員を採用した。これまでは東署員が兼務していたのを、防犯活動の充実を図るために取った措置であった(『静岡新聞』平成五年四月二十一日付)。