【浜松アリーナ 花川運動公園テニスコート 浜松市弓道場 浜松市北部水泳場】
人口が五十万人を超えた浜松にとってこれまでの浜松市体育館はあまりにも狭く、付属施設も貧弱に見えるようになった。ほかの都市が次々と新しい体育館を建てる中、浜松市も大規模なスポーツ施設の建設に乗り出した。平成二年十月一日にオープンしたのが浜松アリーナで、メインアリーナは国際的なスポーツ大会や大規模なコンサート、集会・展示にも使える施設であった。スポーツではバレーボール四面、バスケットボール三面が同時に使用可能の広さを持ち、コンサートや集会では最大八千人を収容できた。サブアリーナも単独の競技会場となる広さを持ち、ほかにフィットネススタジオ、トレーニング室、卓球室、百四人を収容できる合宿施設も備え、まさにスポーツ・文化の殿堂と言えるものであった。これは後の全国高校総体や国体の会場となる。同じく浜松城公園のテニスコートも八面しかなく、全国規模の大会開催は不可能であった。全国高校総体や国体に向けて建設されたのが花川運動公園テニスコートである。これは全天候型で膝に負担の少ない砂入り人工芝のテニスコートが二十面、夜間照明も設置され、観覧席が四千百四十席つくられた。自然の環境を生かした広大なテニスコートは県下一の規模を誇り、平成七年四月十一日にオープンした。平成十四年三月にはゲートボール場、遊具広場、多目的広場、カブトムシの森、トンボの池などの多目的利用ゾーンや自然散策ゾーンなどが造られた。弓道場は浜松城公園と可美公園に小規模な施設があったが、平成八年四月六日に可美公園に落成した浜松市弓道場はこれまでの近的六人立の施設に近的十人立と遠的六人立を増設したもので大規模な弓道場となった。なお、浜松は昔から日置流印西派の弓道が盛んな地域で、平成の時代になっても全国のトップクラスのレベルにあった。平成五年七月三十一日には印西派の弓道が盛んであった天王町の大歳神社に弓道場が復活している。市の北部地域にはこれまで水泳場がなく、地元住民からの強い要望により高丘西四丁目に平成九年五月十日にオープンしたのが浜松市北部水泳場である。これは週休二日制が浸透し、市民のレクリエーションや親子の触れ合い、市民スポーツの一層の充実を狙って建設されたものであった。ここには屋内の二十五メートルプールのほか、子供たちに人気のウォータースライダー、流水プール、幼児や子供用のプールもある総合的な水泳場であった。
このほか、様々な近代的なスポーツ施設が建設された。市民に最も身近な公民館付設の体育館は二十八公民館中二十四の公民館につくられ、多くの住民に利用されている。