寺院の住職は檀家や地域住民の協力の下に、また、広く市民の関心を得て、本尊や諸仏を祀る。日々の勤行、また、年間行事の執行を通じて身近な地域や社会の安寧に貢献する。仏の教えを説くこともさりながら、生きている者が何を求めているのかを聞き取る力を蓄え、やり場のない思いを引き受けてくれる場所を提供する、それこそが宗教、宗教者が社会で果たすべき役割は何か、を実践することになろうか。このような役割を担う者を医師の立場から見れば、岡部健医師(故人)は患者・病人に接する「臨床宗教師」(日本版チャプレン)という概念を創出し、その使命を説いたのであるが、この信条と通底するものがあろう(「考えるということ」、東北大学文学部ブックレット、平成二十五年七月、第八号)。
浜松市内の寺院の中には地域に開かれた教化活動のうち、空間的、時間的な試みをする例が『静岡新聞』に見えているので、初めに空間的な試みの例を挙げ、次に時間的な試み(音響関係)の例を挙げる。
・定明寺への釣り鐘寄贈と鐘楼再建
平成三年九月十七日付の記事では、定明寺(浄土宗・笠井町)への釣り鐘寄贈と鐘楼再建が報じられた。
【笠井観音】
・福来寺の笠井観音開帳
平成六年六月八日・十日付、同七年六月五日・十一日付、同八年六月十一日付記事などに見える福来寺(浄土宗・笠井町)では、笠井観音と呼ばれる聖観世音菩薩立像の開帳があった。この立像は檜一木造りで、高さ九十三センチメートル。天竜川の氾濫時に支流の麁玉(あらたま)川から発見されたもので、平成六年は明治四十四年の開帳以来八十三年ぶりの開帳であり、今後は毎年六月十日に開帳すると報じた。
・大昌寺のウエサック祭
平成七年六月五日付の記事では、大昌寺(曹洞宗・江之島町)での仏教行事「ウエサック祭」が執行されたことを報じている。市内の船外機メーカー三信工業に勤務するスリランカ人研修生二十六人が中心になって執行されたものである。この祭はスリランカでは釈迦の誕生から入滅までについて祈るもので、五月の満月に合わせて一週間にわたる国家的な行事という。祭にはランタンが大切な役割を果たすので、この研修生らは手作りのランタンで境内を荘厳した。また、スリランカ料理も振る舞われて檀家や地域住民も異国の仏教行事を楽しんだという。
・観照寺の無縁仏供養と万燈会
平成十四年三月二十日付記事に見える観照寺(臨済宗方広寺派・東若林町)では、同寺の墓地に十二干支の石仏を建立した。これは無縁仏を干支別に供養するものである。また、平成十五年八月十五日の終戦記念日には万燈会を開催し、檀家や地域住民が平和祈願と祖先供養を念じた。
次に時間的な試みとして、寺院本堂や境内において音響関係の集会を開き、信者や会衆と共に仏を荘厳するという記事を挙げる。
・大昌寺の寺コン
平成二年五月二十一日付の記事では、大昌寺の本堂で第二回のコンサート(通称、寺コン)が開かれたと報じた。アンプを使わない生の音が披露された。特別ゲストは京都で活躍する「ハーベスト・ムーン」であった。そのほかに出演したのは浜松市内の会社員らのバンド「デザートウインド」等の四バンドであり、青島孝宗住職自身もギターを演奏した。青島住職の言、「寺は昔から人が集まるコミュニケーションの場」という理念は、本項冒頭に述べた地域社会と宗教の関係を突いたものである。
・蔵泉院の電子音楽伴奏
平成四年四月三十日付の記事では、四月二十九日に蔵泉院(臨済宗方広寺派・西ケ崎町)において大般若経六百巻の開眼供養が、シンセサイザー演奏を背景音楽に取り入れて執行されたことを報じた。これは臨済宗方広寺派・妙心寺派の僧侶三十人が参加した大般若経転読の祈祷であった。蔵泉院の高井昭住職の言は「一般の人にも仏事に親しみを持って」もらいたいための試みという。
【曹洞宗梅花流】
・曹洞宗梅花流の披露
平成五年一月八日付の記事では、平成五年五月二十五日・二十六日の両日に、曹洞宗梅花流の全国奉詠大会が浜松アリーナで開かれることを報じた。音楽の中心地浜松での成功を期待すると、静岡県連合宗務所会長須賀一司(三ヶ日町・金剛寺住職)の言である。梅花流は曹洞宗の布教のために昭和二十七年、静岡市の洞慶院で始まった曹洞宗の声楽(御詠歌)である。これを奉ずる会員は全国で十六万人に及ぶという。参加者は、二日間で静岡、神奈川、京都など全国から四十四団体、約一万四千人が参加した。
宗教には布教手段としても位置付けられる声楽がある。日本にも仏教伝来とともにインド、中国由来の声楽(梵讃・漢讃)がある。他に声明(しょうみょう)(宗派による唱法の区別で真言声明・天台声明・浄土声明)、梵唄(ぼんばい)(禅宗)、和讃、御詠歌などがある。僧侶が唱える外来の詞章と旋律、日本語による和製旋律もあり、また、僧侶以外の信徒によって唱えられる御詠歌、和讃などがある。各宗派はそれぞれに流派を組織する。梅花流が曹洞宗のそれである。
・正光寺のライブハウス
平成十三年一月三日付の記事では、正光寺(臨済宗方広寺派・豊町)で檀家からの申し出があって、第二回目の「寺コンサート」が開かれ、ギター、アフリカ打楽器、オートハープの演奏に聴衆は寛(くつろ)いでいたと報じた。歴史的に見れば、寺は芸能が発生した場所、というのが松尾正澄住職の言である。
・龍泉寺の満月まつり
平成十三年四月七日付記事では、龍泉寺(臨済宗方広寺派・鼠野町)で市民有志が、八日に「満月まつり浜松コンサート」を開催するという。沖縄では満月の夜はサンゴの産卵、生命誕生がある平和の象徴。これに因み世界平和を願う沖縄県名護市発祥の祭である。第一回は平成十一年十二月二十三日。韓国・神戸・東京が連帯して満月の夜、平和を願う「満月まつり」が開催された。第二回は平成十二年七月十六日。今回が第三回目。浜松や日本各地と韓国で開催される。浜松では沖縄出身者によるエイサー隊など十二団体が出演するという。