九〇年代の平成不況の特徴は不況の長期化と回復の不明確さにあった。表4―15において各需要項目の対前年増加率と寄与度の推移を見ると、第一に、経済成長のエンジン役と言われる企業設備投資は、低金利政策がとられていたにもかかわらず、低迷を続けていたことが分かる。この長期にわたる投資の停滞は、バブル期の過剰投資の調整が行われたためである。同時に、バブルの崩壊によって経済が急激に収縮する中で過剰雇用が発生し、これが企業収益を低下させた。そのために「リストラ」という名の人員調整が行われ、不況感をより一層強めていった。第二に、平成四年末から進展した円高は平成五年に輸出の増加率と寄与度をマイナスへ転じさせた。これにより生産拠点の海外移転を、さらに加速させた。第三に、経済を底支えしてきた民間消費も、その寄与度を低迷させた。消費の低迷は、バブル期の逆のメカニズム、つまり株や土地資産の急落によって逆資産所得効果が作用したものと思われる。
表4-15 各需要項目の増加率と寄与度の推移(実質)
項目 年度 | 経済 成長率 | 国内需要 | 民間需要 | 最終消費支出 | 住宅 | 企業設備 | 公的需要 | 政府最終消費支出 | 公的固定資本形成 | 財貨・サービスの輸出 | 財貨・サービスの輸入 | |||||||||||
増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | 増加率 | 寄与度 | |||
平成2年度 3年度 4年度 5年度 6年度 7年度 8年度 9年度 10年度 11年度 12年度 13年度 14年度 15年度 16年度 | 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 | 6.2 2.3 0.7 -0.5 1.5 2.3 2.9 -0.0 -1.5 0.7 2.6 -0.8 1.1 2.1 2.0 | 6.1 1.8 0.2 -0.4 1.8 3.1 3.1 -1.1 -1.7 0.7 2.5 -0.3 0.3 1.3 1.5 | 6.0 1.7 0.2 -0.4 1.7 3.0 3.0 -1.1 -1.7 0.7 2.4 -0.3 0.3 1.3 1.5 | 6.5 1.1 -1.8 -2.0 1.7 2.4 4.0 -0.9 -2.9 0.1 3.0 -0.5 0.4 1.9 2.4 | 5.2 0.9 -1.4 -1.6 1.3 1.8 3.0 -0.7 -2.2 0.1 2.2 -0.4 0.3 1.4 1.8 | 5.4 2.2 1.3 1.4 2.1 2.2 2.7 -1.1 0.3 1.1 0.7 1.4 1.2 0.6 1.2 | 2.8 1.2 0.7 0.7 1.2 1.2 1.5 -0.6 0.1 0.6 0.4 0.8 0.7 0.4 0.7 | 5.5 -9.2 -3.0 3.7 7.2 -5.6 13.3 -18.9 -10.6 3.5 -0.1 -7.7 -2.2 -0.2 1.7 | 0.3 -0.5 -0.1 0.2 0.4 -0.3 0.6 -1.0 -0.5 0.1 -0.0 -0.3 -0.1 -0.0 0.1 | 11.5 -0.4 -6.1 -12.9 -1.9 3.1 5.7 4.0 -8.2 -0.6 7.2 -2.4 -2.9 6.1 6.8 | 2.2 -0.1 -1.2 -2.3 -0.3 0.5 0.8 0.6 -1.3 -0.1 1.0 -0.3 -0.4 0.8 0.9 | 4.2 4.3 7.7 5.4 2.0 5.2 0.0 -1.7 2.1 2.7 0.7 0.6 0.1 -0.5 -1.5 | 0.8 0.9 1.5 1.2 0.4 1.2 0.0 -0.4 0.5 0.6 0.2 0.1 0.0 -0.1 -0.4 | 3.8 3.6 2.8 3.3 3.5 3.9 1.7 0.8 2.6 4.1 4.3 2.8 2.1 2.6 1.7 | 0.5 0.5 0.4 0.5 0.5 0.6 0.3 0.1 0.4 0.6 0.7 0.5 0.4 0.5 0.3 | 4.3 5.7 17.3 9.1 -1.6 7.5 -2.9 -6.3 1.5 -0.6 -7.6 -4.7 -5.4 -9.5 -12.7 | 0.3 0.4 1.1 0.7 -0.1 0.6 -0.2 -0.5 0.1 -0.0 -0.6 -0.3 -0.4 -0.6 -0.7 | 6.7 5.2 3.7 -0.6 4.9 4.4 7.4 8.8 -3.9 6.0 9.5 -7.9 11.5 9.8 11.4 | 0.7 0.5 0.4 -0.1 0.4 0.4 0.7 0.9 -0.4 0.6 1.0 -0.9 1.2 1.1 1.4 | 5.4 -0.6 -2.1 0.4 9.8 15.9 10.3 -2.0 -6.7 6.7 9.7 -3.4 4.8 3.0 8.5 | -0.5 0.1 0.2 -0.0 -0.7 -1.1 -0.8 0.2 0.6 -0.6 -0.9 0.3 -0.5 -0.3 -0.9 |
注:平成20年基準による。
注:民間需要は、最終消費支出・住宅・企業設備。
注:公的需要は、政府最終消費支出・公的固定資本形成。
このような平成不況に対して、政府は財政出動による景気対策をとった。平成四年八月、景気対策(総合経済対策)として十兆七千億円、同五年四月に十三兆二千億円、同六年二月に十五兆二千五百億円、同七年九月に十四兆二千二百億円と、次々に大規模な財政出動を行った。その後も緊急経済対策として財政支出を拡大していった。
【軽薄短小型産業】
しかし、このような積極財政政策をとったにもかかわらず、あまり効果が上がらなかったのはなぜか。それには、幾つかの原因があった。第一に、従来行われてきた公共事業中心の景気対策が効果を失ってきたことである。その背景には、重厚長大型産業から軽薄短小型産業(IT・ソフト・サービス産業など)への産業構造の変化があった。従来、鉄鋼・セメントといった重厚長大型産業が日本経済を牽引する主力産業であった。そのような産業構造下では、公共事業は、それを直接請け負う建築・土木業だけにとどまらず、鉄・セメント・電力・運輸業などの産業に波及を生み出す効果を持っていた。事実、高度成長期の投資乗数効果は二・〇以上と言われていた。すなわち、一兆円の公共事業は二兆円以上の波及効果を生むことになる。ところが、平成以降になると重厚長大型産業のウエイトが低下し、経済のIT化、ソフト化、サービス化が進んだ。このような産業構造の下では、公共事業として道路や建物を建設しても経済的波及効果は上がらないのである。
第二に、雇用創出効果や所得効果も低下してきた。従来、公共事業は重厚長大型産業への直接雇用を拡大しただけでなく、第一次産業に従事している就業者への所得効果も生み出した(出稼ぎや日雇いの増加)。しかし、産業構造の変化とともに就業構造も大きく変わり、第三次産業の就業者が圧倒的に増えてきた。そのため、公共事業による景気対策は、期待するほどの雇用創出効果や所得効果を生まなくなってきたのである。
第三に、バブルの崩壊によって発生した不良債権の処理が遅れたために、不況を長期化させた。遅れた原因の一つに、前述した住専問題の処理に対する国民の批判があった。さらに、金融機関は信用を重視するあまり、不良債権の処理を先延ばしした。そのことが逆にデフレ不況の下で不良債権を増やす結果にもなった。つまり、貸し付けた資金の価値が、デフレ下において実質的に増えるためである。
さらに、従来の景気対策が効果を上げず、不況を長期化させた背景には、高度成長以来つくり上げてきた日本的経済システムの動揺があった。ここで言う日本的経済システムとは、具体的には日本的雇用慣行、日本的経営、日本的商取引、日本的金融システムなどを指すが、これらの経済慣行が経済のグローバル化と平成不況が進展する中で崩れていったのである。最も象徴的に現れたのが雇用市場で、日本的雇用慣行を前提にした安定雇用が崩れ、パート、アルバイト、派遣労働、契約社員などの非正規雇用が増えていった。不安定雇用の拡大は消費抑制行動を生み、たとえ減税や地域振興券の発行による消費刺激策をとっても効果が上がらなかった。その結果、日本経済は「物価の下落→売り上げの減少→コストの削減→人件費の削減→所得の減少→消費の抑制→物価の下落」といったデフレ・スパイラルに陥り、不況の長期化を招いたのである。