バブル崩壊以降の地域産業の変化の特徴には、①輸送機械工業への特化、②電子楽器の低迷と楽器業界のソフト化、③地域産業の先端産業化などの傾向が見られた。
【二輪車業界】
第一に輸送機械工業での変化と新しい動きを見ることにしよう。二輪車業界では、完成品の輸出が年々減少し、それに代わって現地で組み立てるノックダウン(KD)方式による部品輸出が急増した。これは中国や東南アジアなどの新興工業国においてオートバイの需要が拡大しているからである。ヤマハ発動機では完成車生産が七十一万台(平成八年段階)であるのに対し、KDセット生産は二百八十万セットに上り、一セットを一台分として換算すると、全世界で三百五十一万台生産したことになり、KD生産の拡大傾向が見られた。四輪車業界では産業構造の裾野が狭まる傾向が出てきた。もともと四輪車業界では三万点近い部品を組み立てて生産されているため、裾野の広いピラミッド型の産業構造を作り上げてきた。そのために多数の下請企業や中小の部品メーカーを組織化していた。しかし、バブル崩壊以降になると、低コストや高品質を追求する完成車メーカーは、車種の絞り込みや部品点数の削減、部品の共通化などを打ち出してきた。そのため、従来より裾野の狭いピラミッド型産業構造に変化してきた。
【自動車産業】
自動車産業において、環境問題に配慮した自動車の開発といった新しい動きも出てきた。地球温暖化の原因になっているCO2の排出を削減するために、ハイブリッド車や電気自動車の開発が行われるようになってきた。スズキはニッケル水素電池を搭載し、トラックの積載性とバンの利便性を融合させた電気自動車CT―1を第三十二回東京モーターショー(平成九年十月)に出品した。また、本田技研工業もガソリンエンジンと電気モーターで走る低燃費のハイブリッドカーを開発し、平成十一年十一月に発売することになった。ホンダが開発したハイブリッドカーは排気量1000ccの希薄燃焼エンジンと、加速時に電気モーターが補助するホンダ独自のハイブリッドシステムを組み合わせた車である。このようにして、自動車メーカー各社は電気自動車などの環境に配慮した車の開発競争時代に突入していった。
一方、ヤマハ発動機は平成五年に自転車に電動モーターを搭載した電動アシスト自転車「パス」を、先陣を切って発売した。電動アシスト自転車はモーターの駆動力で人力を補助する自転車で、一大ブームを巻き起こした。
【楽器産業】
第二に楽器産業における変化を見ると、昭和五十年代後半から大きく伸びてきた電気・電子楽器の生産が昭和六十三年頃をピークに減少してきた。電気・電子楽器は①量産が可能、②技術革新によって新機能や新製品の開発が可能、③東南アジアなど海外市場の拡大が望めるといった利点から、ヤマハ、河合楽器製作所、ローランドは競い合って市場を拡大してきた。しかし、バブル崩壊以降の景気低迷と急激な円高によって生産量は落ち込んできた。
このような状況に対して、楽器業界はパソコンを利用して作曲や演奏を楽しめるデスクトップミュージックに力を入れ始めた。また、ローランドとヤマハはパソコンに専用ソフトを取り込み、シンセサイザー機能を持たせたソフトウェア・シンセサイザーを相次いで開発した。また、ヤマハはピアノ、トランペットに次いで消音機能の付いたドラムセット「サイレント・セッション・ドラム」を開発し、平成八年から販売を開始、順調に市場を拡大しつつある。楽器業界も伝統的な楽器製造から先端技術を活用した楽器の開発や音楽ソフトの開発へ移行し始めた。
【先端産業】
第三に先端産業分野の新しい動きを見ることにしよう。楽器メーカー最大手のヤマハは、豊岡工場(磐田郡豊岡村)とヤマハ鹿児島セミコンダクタ(鹿児島県栗野町)での半導体の生産に加え、平成八年、天竜工場内(三和町)に新工場を建設し、本格的にLSI(大規模集積回路)の生産に乗り出した。同社はパソコンをはじめとするマルチメディア関連機器の好調に支えられ、音源や通信用のLSIの生産を開始するとともに、LSI設計会社ヤマハハイテックデザイン(YHD)を設立した。天竜半導体工場は平成十年五月に本格稼働し、音源、通信、画像処理の半導体をはじめ、特定用途向け標準ICや特定顧客向けのカスタムLSIなどの生産を行った。しかし、主力のパソコン用音源LSIの需要が減少し、設備が過剰になったため、操業を休止し半導体事業を縮小することになった。その後(平成十一年七月)、LSI専業メーカーであるローム(本社・京都市)と合弁会社「ローム浜松」(出資比率はローム九十五%、ヤマハ五%)を設立し、操業を開始した。
また、浜松地域テクノポリス指定以降、先端産業の立地が増え始めた。平成三年に細江テクノランドに移転したアルモニコスはCAD(コンピュータ支援によるデザイン)ソフトメーカーで、同社が開発したソフトが自動車のデザイン開発に利用されている。さらに、開発型企業で、光ディスク関連機器・装置やプリント基板装置などのメーカーであるパルステック工業は平成三年、細江テクノランドにテクノロジーセンターを建設した。
【光産業】
他方、光産業のリーディング企業である浜松ホトニクスは、次々に新しい技術や製品開発に成功していった。同社はPET(陽電子放出断層撮影装置)を昭和五十八年に開発し実用化した。PETは体内の化学物質の変化をリアルタイムで観察できる装置で、がん治療や脳の研究などの分野で活用されている。平成九年には光ファイバーなどの有線や無線に代わり、光伝送で情報を送る光無線LANシステムの開発に成功している。また、平成十年にはレーザー光によって稲の生育期間を短縮することにも成功した。水耕栽培の稲の苗にコンパクト・ディスク・プレーヤーの光源に使う高出力半導体レーザー(レーザーダイオード)を毎日十二時間照射し、その結果、苗の定植から二・五カ月で穂を実らせることが出来た。
このように、先端産業分野では新しい動きが次々に起きてきているが、地域の産業構造そのものを転換させる広がりを持っていないのが現状である。