平成十四年三月浜松市は、新農基法に基づいて地域の農業が将来にわたって維持・発展していくことを目的に浜松市農業振興基本計画を策定した。戦後、浜松は三大産業(繊維・楽器・輸送機械)を中心に工業都市として発展してきた。工業中心の発展は地域の農業に対して農地の減少、農業労働力の不足と高齢化といった問題を引き起こした。しかし、地域農業は温暖な気候と大消費地に近いという恵まれた地理的条件を活かし、さらに灌漑用排水や耕地整理などの農業基盤整備を早くから進めることによって、施設・設備集約型農業を中心に付加価値生産性の高い農業(都市近郊型農業)を実現し、平成十二年には、全国市町村別の農業粗生産額が全国六位までになった(表4―21参照)。また、全国第一位の粗生産額を誇る農産物(セルリー、チンゲンサイ、ガーベラ、エシャレット)も四種類になっている(表4―22参照)。しかし、浜松における都市近郊型農業(施設・設備集約型農業)は、ある構造的制約の下で発達せざるを得なかったとも言える。戦後の工業中心の発展とそれに伴う都市の急速な拡大は農地の非農用地化(宅地、工業用地)や労働力の非農業分野への就労を増加させた。そのため土地利用型農業ではなく施設・設備集約型農業への道を進まざるを得なかったのである。この施設・設備集約型農業(畜産・野菜・花き)は、エネルギー資源(石油など)や輸入飼料を多用するために、それらの国際的市況に大きく左右される脆弱(ぜいじゃく)性を内包している。また、国内の産地間の競争激化や、外国産の安価な農畜産物との競争に曝(さら)される傾向が強くなってきた。
表4-21 平成12年の農業粗生産額全国順位
順位 | 市町名 | 農業粗生産額 (億円) |
1 | 豊橋市(愛知県) | 529.3 |
2 | 渥美町(愛知県) | 419.8 |
3 | 別海町(北海道) | 403.2 |
4 | 都城市(宮崎県) | 335.4 |
5 | 熊本市(熊本県) | 313.5 |
6 | 浜松市(静岡県) | 296.7 |
7 | 帯広市(北海道) | 261.7 |
8 | 西都市(宮崎県) | 223.7 |
9 | 弘前市(青森県) | 222.9 |
10 | 芽室町(北海道) | 221.7 |
表4-22 浜松市の部門別粗生産額と市町村別順位(平成12年)
農産物名 | 粗生産額 (百万円) | 全国順位 | 県内順位 |
菊 | 3,020 | 3 | 1 |
ミカン | 2,260 | 14 | 3 |
米 | 1,860 | 331 | 1 |
セルリー | 1,600 | 1 | 1 |
鉢物類 | 1,520 | 10 | 1 |
サツマイモ | 1,330 | 16 | 1 |
ジャガイモ | 1,290 | 19 | 1 |
温室メロン | 1,180 | 6 | 4 |
チンゲンサイ | 1,080 | 1 | 1 |
タマネギ | 930 | 16 | 1 |
ネギ | 900 | 16 | 1 |
パセリ | 850 | 2 | 1 |
ガーベラ | 810 | 1 | 1 |
エシャレット | 720 | 1 | 1 |
農業を取り巻くこのような問題に対応するために、浜松市は地域農業を振興する「基本計画」を策定したのである。この計画では、①技術の見える農業、②自立する農業、③産地力を活かす農業、④地域環境を守り・つくる農業、⑤豊かなコミュニティを育む農業といった五つの基本方針を打ち出した。具体的には、(1)産業都市として蓄積された技術力や開発力を農業に取り込み、高付加価値化を促進するなど地域特性を活かして農畜産物のブランド化を図る、(2)農地を計画的に保全したり、化学肥料、農薬使用量を削減したりして、安全な農作物を提供するなど、都市と農業との共生により地産地消を促進する、(3)市民が農業を楽しんだり、生命をはぐくむことの大切さを認識したりする場として農業と暮らしが一体となった良好な地域社会を維持するなどに取り組むとした。
このような振興策を実現していく上で幾つかの課題もある。第一は農業の担い手の問題である。従来、農業はその生産主体を農家単位に置いていた。しかし、農家の後継者不足と労働力の高齢化により、耕作放棄地が拡大してきているのが現状である。従って農業を担う後継者をどのように育成するかが課題である。第二は安価な輸入農産物の増加への対応である。従来のような保護政策だけでなく、競争力のある農業経営をどのように育成するかが課題である。第三に、地産地消を進めるためには流通機構の改革と地域性と季節性に基づいた食文化の育成が課題である。