散文分野については二つのことを取り上げておきたい。一つは、浜松出身あるいは浜松と関わりのある新人小説家たちの登場であり、もう一つは那須田稔を中心とする童話ファミリーの活躍である。
新人小説家としては、渥美饒児(昭和二十八年生)、宮本昌孝(昭和三十年生)、安東能明(昭和三十一年生)、鈴木光司(昭和三十二年生)の四人を取り上げておく。平成二十四年時点で、四人とも五十代の後半に当たる年齢で、日本が戦後の混乱期をほぼ抜け終えた頃に生まれ、経済成長期の中で青少年時代を過ごした作家たちである点で共通していることが注目される。
【渥美饒児】
まず、渥美饒児(本名=丈兒)である。昭和二十八年(一九五三)、浜名郡雄踏町(現浜松市西区雄踏町)に生まれる。浜松日体高校卒、日本大学文理学部社会学科卒。昭和五十九年、動物園の飼育係を主人公とし、人間社会への風刺批判を込めた『ミッドナイト・ホモサピエンス』で文芸賞を受賞した。その後の作品としては、明治時代、日本の近代文学の黎明期に活躍し夭折した北村透谷の生涯を描いた『孤蝶の夢 小説北村透谷』(平成八年刊、作品社)などがある。
【宮本昌孝】
宮本昌孝は、昭和三十年(一九五五)浜松市生まれ。県立浜松東高校卒、日本大学芸術学部放送学科卒。初め、アニメ脚本、漫画原作などを手掛ける。平成七年、『剣豪将軍義輝』(徳間書店)を刊行、時代小説作家として認められる。以後、浜松藩をモデルにした少年剣士らの青春物語『藩校早春賦』(平成十一年刊)、『ふたり道三』(平成十四年~十五年刊)など多くの時代小説を発表している。
【安東能明】
安東能明は、昭和三十一年(一九五六)、磐田郡二俣町(現浜松市天竜区)に生まれる。県立二俣高校卒、明治大学政経学部経済学科卒。浜松市役所に就職し勤務の傍ら執筆活動を続ける。平成六年(一九九四)『死が舞い降りた』(原題「褐色の標的」)で第七回日本推理サスペンス大賞優秀賞を受賞。平成十二年春に浜松市役所を退職後、創作に専念。同年には、児童虐待をテーマにした『鬼子母神』で第一回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞。また平成十四年には、女性のトラック運転手を主人公に物流業界を描いた『漂流トラック』が大藪春彦賞候補となるなど旺盛な作家活動を展開している。
【鈴木光司】
鈴木光司(本名=晃司)は、昭和三十二年(一九五七)、浜松市に生まれる。県立浜松北高校卒、慶應義塾大学文学部仏文科卒。演劇活動を経て、平成二年長編小説『楽園』を発表、日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。平成三年(一九九一)『リング』を出版。横溝正史賞の最終候補作となる。この作品はホラー小説として口コミで評判が広がりベストセラーとなった。『日本幻想作家事典』では、この作品を「その後のホラー小説・怪奇映画の状況を決定的に変えた記念碑的作品といえよう。」と高く評価している。平成七年、『リング』の続編『らせん』を発表、吉川英治文学新人賞を受賞した。その後の作品としては、平成二十二年発表の『鋼鉄の叫び』がある。これは特攻隊員として出撃したが、自らの意志によって生還した人物を描くことによって人間性を深く掘り下げた長編として注目された。鈴木には独特の教育論があって、活発な評論活動、講演活動をも展開している。平成十一年度に浜松ゆかりの芸術家顕彰を受賞。また、平成十七年度には浜松市やらまいか大使にも就任している。