万葉歌碑(まんようかひ)

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昭和47年(1972)6月11日、風早祝詞山八幡神社(のりとやまはちまんじんじゃ)の境内(けいだい)に建てられました。【高さ2.3メートル 幅(はば)1.4メートル 奄治石(あじいし)(四国産) 揮毫(きごう)は小松原在住(ざいじゅう)の書道家 松田弘江(まつだひろえ)氏(1923-2005)】
(揮毫・・・毛筆で絵や文字を書くこと)
 
 この歌碑は、祝詞山八幡神社の宮司(ぐうじ) 富永則之(とみながのりゆき)氏の「万葉の昔から栄えた風早の歴史を後世(こうせい)に伝えよう」という趣旨(しゅし)に、その年還暦(かんれき)を迎(むか)えた地元の12人と町内の有志(ゆうし)が賛同(さんどう)し寄進(きしん)されたものです。
 


【万葉歌碑説明碑】

 
万葉歌碑の建設について紹介された新聞記事

【出典:芸南新聞 昭和47年(1972)5月28日(日)第1313号】

歌碑除幕式(じょまくしき)の様子を伝える新聞記事

【出典:芸南新聞 昭和47年(1972)6月18日(日) 第1316号】

 
 
芸南新聞(げいなんしんぶん)【昭和26年(1952).6.10―平成4年(1994).4.12】
芸南新聞社は「芸南民衆(みんしゅう)新聞」、「夕刊げいなん」を経て1952年発行の233号から1994年発行の2291号まで46年にわたって地元地域に情報(じょうほう)を伝えました。
安芸津図書館では、985号(1966.1.1)~2291号(1994.4.12)を所蔵(しょぞう)しています。