(3)植物食

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 縄文時代の植物食について詳しい名古屋大学の渡辺誠は、昭和47(1972年)5月、国内の169遺跡から発見された植物遺存体を集成し、その数を34種として発表*123、4年後には208遺跡39種に改めた*124。この中で、本県に関するのは16遺跡であり、クルミ(オニグルミ)・クリ・トチノキ・ドングリ・キハダ・マタタビ・クログワイの7種が記述されている。本県のみならず、東北地方の遺跡から出土する種子類の中で多く発見されるのは、クルミ・トチノキ・ドングリ・クリ等であろう。この中でクルミ・クリは加工せずに食べることは可能であるが、トチノキ・ドングリは、水さらしやアク抜きをしなければ苦く渋いため食べることは不可能である。ただし、ドングリは種類が多く、すべてがアク抜きを必要とするわけではない。本県のような山岳地帯を除いた温帯落葉広葉樹林帯では、ブナ科の樹木が主体を占め、その中の堅果として多いのがナラ・カシワなどであり、これらはアク抜きを要するものである。渡辺誠はミズナラ類の加工工程を、新潟県中魚沼郡津南町で行われている例を参考に、3つの系列に分けて説明している*125。次頁表10にそれを転載したが、極めて手数がかかるもののようである。このような加工手順を経て製粉されたドングリやトチノキの実は、パンまたはクッキーなどにして食べられたのであろうか。長野県諏訪郡富士見町の曽利遺跡第5号住居跡(中期)から出土したパン状炭化食品や*126、新潟県津南町の沖ノ原遺跡第1号大型住居跡(中期)出土のクッキー状炭化物などがあり*127、東北地方でも岩手県二戸郡一戸町馬場平(2)遺跡(中期)をはじめ、北上市の坊主峠遺跡(中期)・山形県東置賜(おきたま)郡高畠町の押出(おんだし)遺跡(前期)など5遺跡から発見されており*128、本県では下北郡川内町の熊ヶ平遺跡から、前期の円筒下層d1式土器期のクッキー状炭化物が出土している*129。なお熊ヶ平遺跡出土の炭化物については、分析結果を聞いていないが、押出遺跡のものは帯広畜産大学の中野益男が分析結果を発表している(表11)。それを転載すると、脂肪酸分析の結果、クリ・クルミ類を粉砕し、シカ・イノシシ・野鳥の肉にその動物の血液や骨髄を加え、野鳥の卵(ウズラ)を加えて混ぜ合わせて作り上げたものと考えられており、混ぜ合わせる場合に、植物質のものを多く加えたクッキー型、肉を多く加えたハンバーグ型に分けられるという。なお栄養価は100g当りでクッキー型は430cal、ハンバーグ型は471calと発表されている*130

表10 ミズナラ類の加工工程(渡辺誠『縄文時代の植物食』1975年 P.104より転載)

第11表 押出遺跡出土クッキー状炭化物分析結果
No.クッキー状炭化物
素材9119142676-A2676-B2676-C2676-D2676-E2676-F
ニホンジカ5.7%2.0%2.2%6.4%-%6.1%-%48.2%
イノシシ1.64.46.012.42.944.5
野鳥62.677.7
野鳥卵1.12.0
野生クリ92.392.692.179.935.890.016.82.3
オニグルミ0.61.01.41.00.71.13.54.8
エネルギー
(Kcal/100g)
408.0406.6417.7430.0446.5411.6471.0576.8
(第3回「大学と科学」公開シンポジウム『新しい研究法は考古学になにをもたらしたか』1989年P.127より転載)