-五所川原古窯群生産須恵器の供給先-

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 9世紀末葉~10世紀初頭の生産開始から、11世紀前葉期まで操業したと考えられる持子沢系、前田野目系窯跡群で生産された須恵器は、器形を含む製作上の諸特徴のほかに、鉄分含有量の豊富な胎土で、他の窯産のものに比較して際立った特徴を持つ。このため、器表面には黒色や褐色釉が施された状態を呈するものも多い。したがって、消費地出土須恵器の産地同定は比較的容易である。
 これまで判明している出土遺跡の分布を見ると、津軽地方の各集落を主体にしながらも、県内全域に濃密に分布し、南北に広く拡大している。南限は、日本海側では米代川流域、太平洋側では馬淵川上流域を結ぶ線上である。一方、北方は北海道のほぼ全域である。これは奇しくも9世紀以降の「擦文土器」分布域と全く重複する。五所川原窯群は、明らかにこの地域の文化圏に供給の焦点を当てた築窯である。

図73 津軽五所川原窯産須恵器の出土分布図