(5)塩業

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 現在まで判明している青森県における古代の製塩法は、海水による土器製塩である。製塩工程は大きく分けて、海水を濃縮した塩水を作り出す工程と、それを煮詰めて塩の結晶を作り出す工程から成り立つが、後者で使用されるのが製塩土器と呼ばれるものである。本県の製塩遺跡及び製塩土器の研究は、橘善光・北林八洲晴らによって開始され、その後県教育委員会や市町村教育委員会の調査によって進展した。
 製塩土器の出土例は、本県では縄文時代後期(八戸市風張(1)遺跡)にさかのぼり、同晩期には陸奥湾沿岸に広く展開するようになるが、弥生時代から奈良時代にかけてのものは未発見である。
 平安時代になると、陸奥湾沿岸を中心に一部太平洋沿岸や日本海沿岸に約40余りの遺跡が分布する。特に陸奥湾沿岸の分布密度は東北地方では松島湾沿岸に次ぐ濃厚さを持つもので、我が国の製塩最盛地の一つに数え上げられる。しかし、本格的な発掘調査が少なく、製塩遺構が検出されているのは、平内町白砂遺跡・川内町上野平遺跡・むつ市八角館遺跡だけで、他は製塩遺物(土器・支脚)の出土にとどまっている。
 この時期の製塩土器は、口縁部までの内径がほぼ等しいバケツ型の平底深鉢形である。大きさは器形が判明しているものでは、内径が約20~25cm、高さが30cm前後とやや大きい。また、大きな特徴としては一般の煮炊具より器厚が厚く、しかも内面はナデ調整されているものの、外面には成形時の粘土紐の接合面を明瞭に残す点にある。熱効率を配慮したためであろう。また、製塩土器に伴う遺物に土製支脚がある。これには2種類あり、一方は粘土紐の巻き上げ成形による円筒形のもので、他方は両端が笠状に広く棒状のものである。前者が9世紀から10世紀前半、後者が10世紀中葉から11世紀に盛行する。
 本県の平安時代の土器製塩は、共伴する土師器から、9世紀に始まり10世紀から11世紀にかけて盛行している。特に、10世紀後半から11世紀にかけては擦文土器の共伴例も多く、擦文文化人自らの生産や、北方交易のための生産物としての役割を果したことも十分想定できる。
 なお、12世紀代の製塩遺物や遺構については、現在全く不明であるが、この時期に煮炊具としての鉄鍋が普及し、土器が消滅したことから、製塩にも鉄鍋が使用されたものと想定される。

図80 古代の製塩土器出土分布図

表6 青森県の製塩土器出土遺跡一覧表
No.遺跡名所在地遺物時期
1白砂遺跡平内町白砂字白砂製塩炉,製塩土器,支脚10C
2茂浦遺跡 〃 茂浦字向田製塩土器平安
3馬屋尻遺跡 〃 茂浦字馬屋尻 〃
4竹達遺跡 〃 藤沢字竹達製塩土器
5間木遺跡 〃 東滝字間木土製支脚
6大沢遺跡 〃 東田沢字大沢製塩土器
7釜場遺跡 〃 浦田字釜場 〃
8雷電際遺跡 〃 小湊字雷電際 〃
9小湊遺跡 〃 小湊 〃
10近野遺跡青森市安田字近野製塩土器,土製支脚9C後半
11三内遺跡 〃 三内字丸山製塩土器
12朝日山遺跡 〃 高田字朝日山 〃平安
13大浦貝塚 〃 野内字浦島製塩土器,土製支脚
14沢田A遺跡 〃 造道字沢田製塩土器
15沢山Ⅱ遺跡 〃 駒込字沢山 〃
16浜野遺跡 〃 八重田字浜野 〃
17蓬田大館遺跡蓬田村蓬田字宮本製塩土器,土製支脚11C
18蓬田小館遺跡 〃 阿弥陀字汐干製塩土器10C
19郷沢遺跡 〃 郷沢字浜田 〃平安
20尻高遺跡平館村今津字尻高製塩土器,土製支脚
21山本(3)遺跡浪岡町山本製塩土器9C~10C
22折戸遺跡小泊村字折戸 〃平安
23阿曽内遺跡 〃 権現崎 〃
24古館遺跡市浦村字古館土製支脚10C後半
25百目木遺跡横浜町百目木製塩土器平安
26横浜遺跡 〃 イタヤの木 〃
27浜中野沢遺跡むつ市近川浜中野沢 〃
28八角館遺跡 〃 大湊 〃
29近川遺跡 〃 近川 〃
30浜奥内遺跡 〃 近川字浜奥内 〃
31寺川遺跡 〃 田名部字寺川 〃
32角違遺跡 〃 城ケ沢字下田 〃 
33上野平遺跡川内町宿野辺字上野平製塩遺構,土器,土製支脚10C~11C
34川内遺跡川内町川内字木品ノ木製塩土器10C~11C
35長浜遺跡 〃 宿野辺字長浜 〃平安
36瀬野遺跡脇野沢村瀬野字黒岩 〃
37大平D遺跡東通村尻屋字大平 〃
38原田遺跡佐井村原田 〃
39根城東構遺跡八戸市根城字東構 〃9C
40見立山遺跡 〃 河原木字見立山 〃平安
41根城三丁目遺跡 〃 根城 〃
42沖付(1)遺跡六ヶ所村尾駮字沖付 〃9C
43表館(1)遺跡 〃  鷹架字発茶沢 〃10C前半
44発茶沢(1)遺跡 〃    〃 〃
45上尾駮(2)遺跡 〃  尾駮字上尾駮 〃
46家ノ前遺跡 〃    〃 〃


図81 古代の製塩土器


図82 古代の製塩用具(支脚)