三 石川城「縄張り(平面プラン)」の復元

441 ~ 446 / 681ページ
 現在の石川城跡は、城域の内部をJR奥羽本線が通過しているほか、公園や道路の建設、宅地化、リンゴ園の造成などによって、著しく旧状を損ねており、表面観察だけではかつての姿を復元することは困難である。そこで、次に挙げる諸資料を用い、現状と照合しながら縄張り(城の平面プラン)の復元を行った。
(1)分限図(明治二十七年測量)(図4)
  ア、大字石川字大仏
  イ、大字石川字平山
  ウ、大字石川字寺山

図4 石川城跡分限図(大仏ケ鼻城、岡館、猿楽館、月館、及び寺屋敷地区)

(2)縄張り図及び古絵図(図3)
  ア、中村良之進作成の縄張り図(『青森県南津軽郡石川町郷土史』大正十四年)
  イ、沼舘愛三作成の見取図(『津軽諸城の研究』昭和五十二年)
  ウ、天和四年上石川村書上絵図(写)
  エ、貴田稲城筆写の古絵図(明治十六年)

図3 石川城跡の古絵図・縄張り図
中村良之進作成の縄張り図
(『青森県南津軽郡石川町郷土史』より)


天和四年上石川村書上絵図(写)


沼舘愛三作成の大仏ケ鼻城址見取図
(『津軽諸城の研究』より)


沼舘愛三作成の「石川楯跡」見取図
(『津軽諸城の研究』より)


明治16年9月,貴田稲城筆写の古絵図

(3)航空写真(昭和四十年代のもの、弘前市役所蔵)

石川城跡の航空写真(昭和40年代撮影)

(4)その他、大仏公園造成前の測量図(弘前市役所蔵)、地元住民からの聞き取り
 このうち、(1)により明治時代初期における遺構のありさまを、(3)からは高度経済成長以前の城跡の状況を知ることができた。
 そうした作業の結果作成されたのが、本節に掲載した図版である。