第二節 乳井貢の思想【解説】

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 乳井貢(一七一二~一七九二)、本名建福(一説に建富)は宝暦三年(一七五三)勘定奉行に就任するや、有名無実と化した行政組織を見直し、思い切った財政改革を断行していった。同五年の大飢饉に際しては、果断の対応により領内からはひとりも餓死者を出さなかったと、一・二の史料(「内山旧記」「佐藤家記」)は伝える。改革当初、目ざましい治績を上げ年貢徴収に功あって、藩主信寧より「貢」の名を賜った。改革半ばにして「標符」を発行するが、これが経済的混乱を誘発して士民の不評を買い、同八年失脚へと追いやられ蟄居の身となる。安永七年(一七七八)再出仕し改革に挑むが、反対派の策動で再び失脚し、同九年知行を召し上げられて、川原平に幽閉される。幽閉地では水田を開き、村人に数学・漢学を教え父母の如く慕われた。天明四年(一七八四)許されて弘前塩分町に閑居し、詩文俳諧を楽しみ、傍ら数学を講じて余生を終えた。
 思想的には、朱子学を空理空論として徹底的に批判し、山鹿素行、荻生徂徠、太宰春台に見られる実学的な学風に共鳴し、独自の思想世界を構築している。
 著作は主著『志学幼弁』をはじめ多数に及ぶ。その殆どは昭和十年から十二年にかけて公刊された『乳井貢全集』全四巻(乳井貢顕彰会発行)に収録されている。参考までに全集の内容を紹介しておく。
第一巻 昭和十年六月刊
 志学幼弁 十巻 宝暦十四(明和元、自序)、大学文盲解 二巻。
第二巻 昭和十年十一月
 周礼通用 一巻 寛政二年自序、応分誌、応分誌 二巻、経国度量 一巻、度量分数 一巻、節用財 一巻 安永六成稿、国家財政 一巻、識量問答 一巻、商家利道一巻 天明九、 別本商家利道 一巻 天明六、無名郷一巻。
第三巻 昭和十一年七月
 太極図説 一巻、 象数 一巻、 易数 一巻、 夫貢制 一巻 安永七年、定分録 一巻、王制利権之法 一巻、利権主客之位 一巻、陸稲記 一巻 明和九年、損益指掌 一巻、年穀多寡節用 一巻 安永七年、期月而已可 一巻 安永八年、通財一事凡例 一巻、得失問答一巻、制地考 一巻 安永六年、検地法 一巻、検地政一巻、城制法 一巻、城制規矩 一巻。
第四巻 昭和十二年四月
 町見術 三巻、円術真法円伝 一巻、観中算用 一巻、初学算法 一巻、版籌 一巻、 五蟲論 一巻 宝暦十二年、津軽名臣伝 一巻、深山惣次 五巻、可楽先生詠歌 一巻
 本節では、弘前市立図書館所蔵の自筆本を底本として校訂を新たにし、紙面の制約上、以下の著作を収録した。『五蟲論』『志学幼弁』『大学文盲解』『深山惣次』