『大学文盲解』二巻

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 著述年代は不明である。江戸の儒学者たちは経典を註釈・解釈するという形で、自らの思想を語った。『大学文盲解』は『大学』の条文を逐一掲げ、実にユニークに解釈していっている。しかもその解釈は机上の論を排して、どこまでも実践的な体験に裏付けられたような感がある。また、日常の卑近な例をひいて通俗的で分かりやすいのもその特色である。とりわけ興味深いのは、「格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下」にわたる「大学八条目」の連関性の問題である。乳井は、この八条目の関係を論理的前後関係ではなく時間的前後関係として捉えている点である。つまり乳井は、朱子学者が目の前の政治的課題(治国・平天下)をおざなりにして個々人の「心」を練る(誠意・正心・修身)ことに没頭するのは、難題を先送りするための逃げ口上であるとして批判しているのである。