解題・説明
|
福士幸次郎の詩集『展望』(新潮社、大正9(1920)年)のなかの一篇「恢復」の末尾にあたる。ただし、本資料と『展望』に収録されているものとの間には全体的な仮名遣いの異同があるのに加え、本資料で「君はその時見ぬか暗く厳かに淋しくまた賑かな春と冬とのわかれ目を 空は暗く風は低く日は短かく併しいづこにか孕む恢復の希望」とされているのが、『展望』に収録されているものでは「君はその時見ぬか、ああ見ぬか、暗く厳かに淋しくまた賑かな春と冬との分れ目を!/空は暗く、風は低く、日は短く、/しかし何処にか胸にはらむ恢復の希望……」とあり、わずかな語句の異同もある。 『展望』に収録されている詩について福士は3部に大別している。詳述すると、「抒情詩主義(リリシズム)時代と現実主義時代との二段に変遷し来つた私の詩的閲歴の二期とすれば、最後のクラシックの調を帯び来つた現在は、その第三弾の変化たる古典主義時代とも称すべきもので、この詩集はすなわちこの私の作風上の変遷に応じて、三部に分けたもの」とするのである。詩篇「恢復」はこのうち、第3部「古典主義時代」に分類されている。詩の末尾には「8 Ⅳ 4.」と記されており、「大正8(1919)年4月4日」につくられたと推察できる。 以下、その全文を挙げる。「人生は苦難と愛の庭、/荒い心に温柔をつつみ、/真茂る木の葉に赤い実点々と、/秋の日照りに槙の並樹の、/逞しく足を揃へるその苔青い幹。/やがて冬は来り、葉は落ち、/枝はささくれ立ち、/あの険しくも白眼をした雪もよひの空、/寒い雨、/地凍る霜の夜明け、/君の呻きは細枝をふるはし、低い空を嘯かう。/欠乏の黒い感情、/苦痛に満ちた忘失の眼、/この身にふりかかる苦しみの出所は何?/やがては池の氷も黒ずみ、/広い畠地は割れ、/さびしくも小鳥鳴き、/天地ことかはる季節のさかひに、/君はその時見ぬか、ああ見ぬか、暗く厳かに淋しくまた賑かな春と冬との分れ目を!/空は暗く、風は低く、日は短く、/しかし何処にか胸にはらむ恢復の希望……」(旧字を新字に改めた)。(村山龍)
|