俳諧画兄弟

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  画兄弟の記
 蕎麦の絵あり是先師芭蕉翁の筆にして
 蓑虫庵の櫃に蔵す事三十余年その
 一もとの根をわかちて画兄弟となさんの
 庵主のこゝろさしも亦はたとせにあま
 れりとそさるを今年夏のころ
 杜若軒のぬし柞良子をして補ひ
 綴らしめひとつにハ三日月の一句を添ふ
 これしも反古の中より翁の筆はし/\
 を拾ひあつめしものなりひとつには
 はせをの三字いとさゝやかにおの/\活字

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 とかいふものゝるいなれとおのつから形に声を
 あはせ糸に管を接るか如くなれは
 彼とし比の本意むなしからさるのみに
 あらすさらに風流のめつらかものとハなり
 けらし窪田氏近之これを乞得て
 皆褾を装ひ一幅を予かもとに伝えて
 両家一双のたまものとなし畢ぬ賞愛
 のあまり名つけておほろ蕎麦こほれ
 蕎麦なともをのかしゝよひもてあそふ
 ものからいつれを兄いつれを弟とも
 さためかねたりまことや棠棣の華
  
 鄂はれて韡々ならさらむやとうたひ
 けん聖の御代の楽のこゝろも芝蘭
 双ひ秀てゝ風霜にほこると嘯き
 けんもろこし人の言の葉もすへて
 此はらからのむつましみにしくもの
 なしとこそたのしふへし悦ふへし
 なを幾千とせの露霜を経て
 凋れすくちす枝をつらねてなかく
 雅友のもてはやし草とならんことを
  享保十四己酉冬
    十二月五日   出樗庵竹人書