万葉代匠記

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 中大兄 近江宮御宇天皇 三山歌[御目六(傍注)]一首并短歌二首[目六(傍注)]
   中大兄とのみかけるハすこしいかゝとおほゆ尊とか王子
   とか有ぬへきにや三山の下に目六にハ御の字ありをち
                  [ミトヨムヘシ長流(傍注)]
   たるなるへし 三山ハかく山うねひ山みゝなし山なり
[清按允恭紀ニ新羅人耳梨山畝傍山ヲ愛シテホメル辞ニウネメハヤミヽハヤト誤リテ云ヘルニヨリ新羅人采女ニ
通セリ
トテ罪セシヿノアルヲ見レハカク山ヲ男山トシ畝火耳梨ヲ女山トスヘキ歟(傍注)]
   昔いつれの時にか有けん此三山あひたゝかひてけりと
   ありそのゆゑハかく山ハ雌山にて耳なしうねひのふ
   たつハ雄山也此ふたつの山ともにかく山にけさふてをの/\
   われこそえてつまにせめとあらそひてなりとよみけるを
   [万歌注釈之伝(傍注)]
   出雲国の阿菩神と申神聞たまひていさめてあらそひ
   をやめしめんとてはりまの国まておはしけるほとに山の
   あらそひやみぬときゝてのりたまひしふねをうち
   うつふせてそれに座して国へハかへらてはりまにとゝ
   まり給ふ此事をみつ山のあらそひといふをよませ
   たまへるなり [仙覚抄(傍注)]
[仙覚注釈(傍注)]
   播磨国風土記云出雲国阿菩大神聞大和国畝
[和名抄播磨国揖保郡(傍注)]
   火香山耳梨三山相闘以此欲諫メント山上来之時到
[香山加古也万(傍注)]
   於此処ニ乃聞闘止覆テ其所乗之舩而坐之故号ス 

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                  [清桑當作水(傍注)]
   神集(ツトヒ)之形(カタ)覆(オホヒ) もろこしにも山のたゝかふこと有
   明朝謝肇淛撰五雑俎云水固常有闘者春秋
   昼穀洛闘毀王宮 竹書紀年載洛伯用與
   伯馮夷闘 ○ 宋史五行志載高宗紹奥十四年
   楽平縣河決衍田数百頃田中水自起立如
   物所吸者高地数尺不隄防而水自行里南
   程家井水又高数尺夭矯如虹声如雷霆穿
   垣毀樓而出二水闘於杉墩且前郤十余刻
   乃解テ各復其故ニ説海記貴別普定衛有二水
   一日壌禟塞一日鬧蛙池ト近前後呉人従軍
   至此夜聞水声搏激既而其響益大居人開
 
   視之波濤噴面不逼近坐以伺(マツ)且反明声息
   二水一涸レ一溢人以為水闘此亦古今所有不
   異也
[高市郡  今持明寺山   遠市郡(傍注)]
かく山ハうねひをゝしとみゝなしとあひあらそひき
[香山ト書テモ不苦播磨風土記ニ香(カク)山ノ里アルヨシ元来ハ鹿来ナレトモ香ト書ケルヨシアリ(傍注)]
   此四句ハみつ山のあらそひしことをのへたまへり第一の
   句かく山をはと心得へしかく山を高山とかきて読事
   ハ神代より名高き山にて他の山にことなれハ義をもて
   かけりをゝしハをのこらしきなり日本紀に雄略あるひハ
   雄援又雄壮と書てをゝしとよめりその心字のことし
   源氏物語あふひの巻にも中将の君にひ色のなをし
   さしぬきうすらかに衣かへしていとをしくあさやか
[幻又宿木ニメヽシキト云ヘリオヽシキに対シタル詞ニテ女々シキ也是ニテ心エヘシ(傍注)]

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   に心はつかしきさまして参りたまへりをとめにハすこしをゝ
[清按ヲヽシハ夫ト云ンカ如シ高山ハノハヽヲノ意ニテ高山ヲ雲根火カ為ニ夫ト耳梨ト相争ナルヘシ
奥ニツマヲトアルモ夫婦ニ通スル(傍注)]
しくあさやきたる御心にハしつめかたしともかけりうね
[辞ナレハ害ヤカルヘシ(傍注)]
   ひのをゝしき山と耳成山とかをの/\われえんとあら
   そふ也神代よりかゝるにあらしいにしへもしかにあれこそ
   とハ此三山のあらそひ神代の事にてさて神代よりかゝる
   わさはあることにあるらしとよませたまへる歟また人代に
   なりてのことなるをそれよりさきの神よりとよみ給ふ歟
   しかにあれこそハしかハさといふにおなしさすかともしか
   すかともいふかことしさあれハこそなりあれハこそといはて
   かなハぬ所にかやうにハの字なけれハ今のみゝにきけハかた
   ことのやうなれと此集に此類おほきことなり 古語のなら
  
[ウツセミ蝉ノカラノ空シキヲ云也 ウツセ貝 ウツホ木 ウツムロ 人ノ世ノ間ナリ短キヲ云(傍注)]
   ひと知へしうつせみもつまをあひうつらしきとハうつ
[又只(タヽ)セミヲウツセミト押シテ云ヿアリ 後撰ニオリハヘテネニナキクラスウツセミノ空キコヘモ我ソスルカナ(傍注)]
   せみハ世といふへき枕詞前に釈しをけり今ハその枕詞
   をやかて世の事に用たまへるハあしひきといひて山とし
[又此集トモシヒノカケニタヽヨフウツセミノイモカエメリシ俤ニミユ 蝉鬢ヲアケテ妍ヲ云ホムルナリ
因中従果ノタトヘニ似タリ(傍注)]
玉ほことのみいひてすなはちみちとするかことし神世といひいにしへもとあれはこれは今の世なり挌の字ハ年に従て
[ウツセミノネニナキクラシトヨメルモ同シ(傍注)]
   挌につくるへし妻をあひうつとハつまにあひうつ也
[長卿子虚賦曰於是乎乃使専諸之倫手カラ挌(ウツ)此獣(傍注)]
   つまゆゑにたかひにうつ心也相挌をあらそふともよめり
   上にこそといひてきとうけてとむるてにをは此集にハ
[近来ノ発句ニキノフコソ峯ニサヒシキ門ノ松(傍注)]
   あまた見えたり古今集をはしめてそのゝちハ見えぬ事也
[第十三ミハカシヲツルギノイケノハチスバニ 此テニヲハト曰(傍注)]
   つまにあひうつといふへきをつまをとあるたくひもまた
[我人ト妻ト相アラソヒウツラメト云ル心ナリ   第十八(傍注)]
   此集におほしさて妻をあらそへる事ハ此集に見えたる

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   縵児(カツラコ)桜児(サクラコ)芦屋(アシヤ)のうなひをとめなとのたくひなり
   おほよそ色このむことにつきてハ経文に婬欲熾盛不
   択禽獣ととかれたることきはあさましきことににて
[哥の心ハ神代ヨリモ如此男女ノ間ニ妻ヲアラソヒイトムヿ今ノ世ニモ同人々ツヽシムヘキヿトフカクイマシメ玉ヘリ(傍注)]
   色このむといふまてもなし又もろこしのたゝしき聖の道
[カヽルトシカトノ詞ニツヨクアタリテキクヘシ(傍注)]
   なとはしはらくをきぬ此国にハ聖君賢臣ときこゆるも
   少し色をはこのまれけるなりされと古公の時内に怨女
   なく外に曠夫なしといふかことく身をつみて人のうへにも
   をよほしたまひけれははかなきことのあはれにもやさしくも
   きこゆる事おほしそのほかよのつねのおとこ女のなさけも
   俊成卿のこひせすハ人ハ心のなからまし物のあわれハこれより
   そしるとよみたまひけんやうにおかしうきこゆる昔物かた
  
   りもあれとあまりに入たちぬれは人をも身をもそこなふ
   むくつけき事さへ出来るものなるゆゑに三山のあらそひ
   にことつけていましめをのこし給ふなるへし
 反歌
 かく山とみゝなし山とあひし時たちてみにこしいなみ国はら
   此哥にてハ耳梨山にあひてうねひ山のまけてやみたら
   んやうなれとあひし時ハあはんとせし時なるへしあら
   そひのやみけんやうハしらねとはかりておもふにみゝなし
   山にあはんとする時うねひ山のことにうらみてあらそひ
   けるなるへしさてみゝなし山もえあはすうね山もおもひ
   やみて持になりて和睦せるにや下の句阿菩(アホノ)大神の
  
[タチテ見ニコシハ阿菩神ノハリマ迄見ニ来リ玉ヘルナリ(傍注)]
   出雲よりたちてはりまゝておはしてとゝまりたまへと
   あらそひやますはやまとまてのほりたまふへき本意なれハ
               [風土記ニ舟ヲオホフトアレハ若今ノ石ノ宝殿ナル歟(傍注)]
   かくハのたまへりいなみくにハらとハ播磨に印南郡あり
   そこにとゝまりたまひけるなるへしくにはらハさきに尺せる
   かことしなにはのくによしのゝくにといふことく郡なれとも
   くにといふへし地の字郷の字なと国とよめり
 わたつみのとよハた雲に入日さしこよひの月夜すみあかくこそ
   わたすむへし綿津見海若海童共日本紀雲ハ海
   龍のおこすものなれハわたつみの雲とつゝけたり此御
   哥は注のことく反哥とは見えすたゝ月を御覧せんと
                     [今ノ俗ノ云コトシ(傍注)]
   おほしめすころおりしもゆふひやけして月もあかゝる
  
[沙之ハ月ノサス也ネシト云点用カタシ(傍注)]
   へき相なれハよろこひおほしめしてよませたまへるなるへし
   わたつみとしもよみ出させたまふハなにはならへおはし
[海賦曰 吐雲竜魚(傍注)]
   ましてにしのかた海上はるかにみゆる所にてやよませた
[紅賦曰漂(ウカヘ)飛雲連(メクラス)艅艎(フネ)眇タルヿ若雲翼絶(アタル)嶺 袖中委(傍注)]
   まひけん又さハなくともとよはた雲ハ夕ににしのかたに
   旗のなひきたるやうにひろこりたてるをいへは物ハ海
   上天につらなりこれハいつくにもあれかくつゝけさせ
   給ふ歟 皇覧云蚩尤家在東郡ノ寿張縣カシ
   城中高七尺常十月祠之有赤気出如綘名為
   尤旗 懐風藻大津皇子遊猟詩云 月弓輝
   裏雲旗張嶺前
   後の注の中に立と天との中間の為の字けつりさるへし
  
   皇極紀曰四年六月丁酉朔庚戌譲位於軽ノ皇
   子ニ中大兄ヲ皇太子ト