万葉集略解

原本の画像を見る


中大兄(ナカノオホエ) 近江宮御宇天皇 三山歌一首 後に天智天皇と申す
   今本近江宮御宇天皇の七字を本文とせり古本小字なるによれり、中
   大兄命三山御歌と有べきをかく誤れりと見ゆ、近江宮云々七字ハ
   後人の書入し也、三山ハ香山、畝火、耳成の三也、考の前記に委し、是ハ
   此三山を見ましてよみ給へるにハあらず、仙覚註に、播磨風土記に、
   出雲国阿菩大神聞大和国畝火香山耳梨三山相闘
   以此歌山上来之時到於此処乃聞闘止其所
   之船而坐之故号神集之覆形と有を引り、此古事を聞
 
   まして、播磨にてよみ給へるならむ、今も播磨に神詰(カンヅメ)といふ所有とぞ
高山波.雲根火雄男志等.耳梨與.相競伎.神代
かぐやまハ.うねびをゝしと.みゝなしと.あひあらそひき.かみよ
従.如此爾有良之.古昔母.然爾有許曽.虚蝉毛.嬬乎.
より.かくなるらし.いにしへも.しかなれこそ.うつせみも.つまを.
[今挌ヲ格/ニ誤元ニ/ヨリテ改(頭注)]
相挌良思吉
あらそふらしき
   高山の高ハ香の誤かともおもへど、高も音もてかぐとよむべけれバ
   皆今本によるべし、さて契沖が説の如く、かぐ山をバといふ意に
   見べし、をゝしハ、うねびハ男神にて男々しきを云、みゝなしハ是
   も男神也、香山、耳梨ハ十市郡、畝火ハ高市郡也、あひあら
   そひきハ、香山の女山を得むとて二の男山のあらそふ也、神代

原本の画像を見る


   より云々、にあるを縮めてなるといへり、しかなれバこそのバを略
   例也、うつせみハ冠辞考に委し、現身也、神代にもかく妻を相
   争ひしかバ今現在人のあらそふハうべ也となり、相挌二字にて
   あらそふとよむハ、巻二相競、巻十相争など、あらそふと訓所に
   みな相の字を加へたり、又挌をあらそふといふに用ひしハ、巻十六に
   有壮士共挑此娘而捐生挌競なども書り、らしきのきハ、
   後の物語ぶみに何するよし、何すらんかし、などのかしと同し語にて、強く
   いひ定むるやうの詞也、推古紀おほきみのつかはす羅志枳、また
   巻十六しぬびけ良思吉と有も同し
  反歌
高山與.耳梨山與.相之時.立見爾来之.伊奈美国波良
かぐやまと.みゝなしやまと.あひしとき.たちてみにこし.いなみくにばら
  
   畝火ハ争ひまけて、かぐ山と耳梨と逢し也、立て見にこしハ、かの
   阿菩大神の来り見し事をのたまへり、いなみハ播磨の郡名、古
   へハ初瀬ノ国吉野ノ国ともいひて、一郡一郷をも国といへり、原ハ広
   く平らかなるをいふ
渡津海乃.豊旗雲爾.伊理比沙之.今夜乃月夜.清明己曽
わたづみの.とよはたぐもに.いりひさし.こよひのつくよ.あきらけくこそ
   わたづみハ別海也、冠辞考わたのそこの條に委し、とよはた雲、
   文徳実録に、天安二年六月有白雲天自艮亘坤時人
   謂之旗雲と有、これハたゞ旗の如き雲の棚引るをのたまひ
   つらむ、豊ハ大きなる事也、入日さし云々ハ、入日の空のさまに
   て、其夜の月の明らかならんを知也、紀に清白心をあきらけ
   きこゝろと訓たれバ清明をあきらけくと訓べし、是も同じ
 
   度に印南の海辺にてよみたまへる故に次で載しならむ
  右一首歌今案不反歌也伹旧本以此歌於反歌
[與元次ニ/作/立下為/元ニ無(頭注)]
  今猶載此歟、亦紀曰天豊財重日足姫天皇先四年乙巳
  立為天皇為皇太子  為天皇三字衍文なるべし