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侍用集巻 第六
窃盗巻上
第一 諸家中伊賀甲賀者可
レ有
レ之事
一大名の下には窃盗者なくてはかなはざる儀なり大将いか
ほど軍の上手なりとも敵と足場とをしらずばいかで
か謀なども成べきぞや其上番所目付用心のためにはしのび
を心がけたる人然べしされば伊賀甲賀にむかしより此道の上
手有て其子孫に伝はり今に有
レ之と云然る間国所の名を取て伊
賀甲賀衆とて諸家中に有
第二 しのびを遣分別の事
一功のいりたる軍者はたゞ人をもしのびに遣はすといふ猿引を遣して
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城の案内を見尺八吹或ははうかなどに姿をかへさせてつかはしたる
事いにしへにも多し
第三 しのびに可
レ遣人の事
一しのびに可
レ遣人をばよく/\吟味有べし第一智ある人第二覚の
よき人第三口のよき人也才覚なくてはしのびは成がたかるべし但
其役人と定まり常々此道の心がけある人は他事には不才覚也
とも吟味あるゆへにただ人の才覚よきほどは可
レ有
レ之也されば前
に云ごとく伊賀甲賀衆可
レ然る也
第四 しのびに行人心得の事
一しのびに行人は第一命をすてて名をおしみ忠をつくして身をすつ
ると心得万時手軽拵べきなり
第五 しのびに心を付べき事
一敵の法度のしな/\備手くばりあひことば敵の大将物頭の
面をみしり旗幕の紋みちすぢ山河家居まで も絵図などに
して帰べき也又あまりあなたこなたへ気をくばり過ぎては覚も
あしく結句専一の事などをわするゝものなり尤墨筆懐中
有べし万事覚書のためなり
第六 しのびの人こしらへの事付り案内を問事
一しのびは人にをはれてにぐるを恥とおもふべからず刀脇指万所持の
道具を捨てゝ帰事多したゞ敵を知事を肝要とおもひ身命
を軽忠儀をいたすべしされば主君の名 我名或は紋など付て
しるしある道具は持つまじき也姿は乞食商人さま/\にいた
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すべし他国にて近寄所の案内を尋べきには百姓の家に入
て種々とはずがたりなどしてとふべき也又我国の咄などすこし
も語るべからずよく案内を知りたる他国のはなしをすべし売買の
器なども種々を所持して敵不案内の国を我国にもてなす事
尤也窃盗を心懸候には諸国の言葉をしると也又猿引・尺
八吹・占者道心坊主などは道筋をよく知もの也是にちかより尋べし
第七 窃盗火を持事
一しのび火を持つ事肝要也野山を宿として敵地にては人家
に近付火をもとむる事成がたし其上味方を待合図などに
もけぶりを立る事有されば火を持事専也
〇ちいさき香炉に火をいけきんちやくに入持也
〇杉原の黒焼をふのりにてねりかため火をつけて板にてはさみ
持つなり口伝
〇ほくち合様の事 たばこのくき黒焼五匁 ゑんせう一匁
是を細末して竹筒に入持べし火のつく事妙也
第八 しのび出立の事付り食を持事
一しのびはかわごろもをきたるがよし山野にふすため也惣別目に
立ぬ出立可
レ然也又食物を持事はほしいひにすぐれたるはなしあ
らめわかめのしほある物を持べし
第九 水ある所を知事
一水をたづぬるに心得有柳の生たる所白鷗鷺などのちか
づく所山険阻なる下にはながれちかし加様 の所に目をつけ尋べき也
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第十 窃盗五つの要と云事
一此窃盗書 三巻は甲陽武田信玄公御内服部治部右衛門工夫
を以予是を書者也或時此治部右衛門のいはくしのびに五の肝要
あり一には案内二には火三には敵四には時五には窃盗也と云り
第十一 窃盗習の事
一しのびをする人は内々みをかるべき事などは随分見とゞけ聞
とゞけ書しるし取合半にも案内を知表裏を以敵中にし
のぶ也又しらぬ国などへしのび入大将の寝間をも書しるし帰事
は他国の窃盗と常々にしたしみ方々に近付き有之故其人の
書置たる絵図を取て帰也さればしのびとしのびの出あひて
物語をするに功者の入事にて有
レ之候也言葉の品を以て味方
のよわみにならぬやうにはなすべし又敵の言葉に心を付事専一也
第十二 しのびに可
レ入方の事
一しのびには入べき方を見立事専一也昼夜に二つの心得有
昼は人にまぎれ入べき也又人ありとみえながらしづまりたる方
には入がたきものなり夜は敵の音なき方に立より先表裏
を以入事専也少の物音にもさわがしく有事は番の者弓
断をなしたるしるし也加様の所へはしたる/\たよりて終にはし
のび入ものなり又外聞の者と覚て鑓長刀などを小脇には
さみへいさくなどを便りにとり物しづかにけんみを仕或はさわが
しき事あれども番の者十人あらば二三人程立出る様子は
功者也かやうの所をば早/\立のき候引さまなども大事にいた
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しよく/\しのび候はでは難儀成事おほく候又声高に咄など
いたし或はこうたうたひのわけもなく物をと高く聞えぬ
るはしかとしたる頭なき番所なり又表裏のために鳴物を
なくしいろ/\の興ある体を見する事有其時はかた/\には
しづまりかへつて番かたく外ぎゝなとある物也こゝにて功者
の入事にと又大勢の小城にこもりたる時はあつまる方を見て
入小勢大城に籠たる時は難所の方へ可
レ廻是はつもり也夜討な
ども同前の心得なり又しのびはへいのすみ水門のきわ水の落ち
る所を切るとは不案内の沙汰也何方にてもあれ油断をうかゞ
ひ入と覚るなり
第十三 窃盗に案内を頼事付初心の人同心事
一心がけふかく一番乗りなどと望む人は戦場の案内をしらんとて
窃盗をたのむ也同心する事大事なるべし功者のしのびならで
は成がたかるべし退口など難儀なるとて初心の人を跡に残し敵
にとらるゝ事も一生の中のひけなるべし惣別窃盗入時は初
心の人を跡に付帰るには先立也尤云合をよくいたすべし五
色のあひじるしとて青黄赤白黒の色を以いかやうの時は何色
を見すべしと約束有べし又初心の人行道/\の山河森林
に目付をして帰路のためにすべし
第十四窃盗に三のしるしと云事
一しのびに三のしるしと云は一つには名しるし二つには道し
るし三には見付しるし也名しるしとは窃盗四五人もつれ
だち或ひはてきなどおしたい或は科人などを尋る時米
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を五色に染め何がしは青米何がしは黄米を持つなどと約束して
道端にまき候故に我より先に行人を知もの也道しるし
とは我行道をしらせ或二道有所などにては跡の人をまよはせ
まじきために竹などを指事有見付しるしとは走者などを
尋る時見付たるしるしにはこぬかをまくべしなどゝ約束する
事也いづれも人のふしんなきものを以しるしとすべき也尤云合肝
要也殊更夜などはしるし見えがたきものなる故に付紙など
をする事も有月の夜には草むらに白き物をまく事も
あり去ながら是等は昔より定まりたるしるし故に世にしる
人もやあらんたゞ此心得を以作意有べし
第十五 犬多所にての事
一窃盗は犬のかいつけを持べし走者などを付とゞけし所にて敵おほ
く味方つゞかずして其あたりに立やすらひ待合る事有時
里犬すさまじく吼ものなりさやうの時かいつけをすべき也
是敵に気を付させまじきため也又人 喰犬を防歌あり
われは虎いかになくともいぬはいぬ
しゝのはがみをおそれざらめや
と三べんよみ右の手の大指より戌亥子丑寅と五指をに
ぎる也此歌は治部右衛門秘伝なり
第十六 松明の事付り手火矢の事
一陣かへ川越夜うちなどの時松明を持人下郎ばかりの役にはあら
ず功者の武士大方は窃盗の役たるべし第一道筋よく見えて
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味方すかざる心得有べし第二人数にへだたりとも すべきなり
扨追風向風夜うちに光つけなどゝて習有口伝
〇常式の松明には松木を細わりほそなわにて結しんに入て外
は竹などにする也きえたる時ふり立るにもえ出る事はやし
〇くぬぎをこまかにわりあぶらをぬりほしつけてほそなわにて束
持べし是を五里松明と云
〇桜の皮を厚くへぎ硫黄をせうちうにてとき二へん程ぬり
ほしつけ松明にする也雨風あらき時よし
〇水松明の事
明礬五匁 鼠の糞壱匁 松脂五分 艾葉壱匁 生脳五匁 塩硝五分
胆礬五分 麻灰壱匁 右細末して竹筒に込いかにもかたくし
て口薬にて立つるいかなる雨風・水に入りてもきゆる事なき火なり
但なりをと高きものなるによつてしのびのものなど所持には悪敷也
〇手の内の松明とて長さ四五寸程に杉板を割さきに硫黄をすこ
しつけて持也是を物見松明とて窃盗所持して窓ふしあなより内
を見るに用となり
〇きぬたいまつとはよし四五本に木綿を巻松やにをぬりほしつけ
てつかね松明とする雨にもきえず又一本づゝもともす也光よきもの
なり夜討などにもよし
〇投げ松明の事竹をこまかにわり松の木にまぜてつかね松明のたけ
をば二尺ばかり或は三尺にも してもとほそくおもりをつけつりあひを
よくこしらへて四五寸ばかりの釘をうつなり
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(投げ松明の図)
松明如此長さ大さ好によるべし此所のおも
みつりあひよくすべし
此たいまつはしりけんによし但人に当るためにはあらず夜うち
になげ入れ/\候ため也
〇籠火と云は取こもりなどの時よし鉄にて丸作也かごのほ厚
一分にも二分にもはしは二分計但好次第なるべし
(籠火の図)
如此てうつがひ
にして錠前
をする也
(籠火の中の図)
是は中のからくり也
がんたうちやうちんのご
とくにするなり
右は取籠者の時よし常式の松明は火用心あしく或ひは油断のもの
などは囚人にうばゝれたとひ才覚の人なりともうか/\として闇に
は働なるまじ又暗しては味方討多もの也此火にて内のありさま
を見べし又めしうどに火をけされざる徳とうばゝれざる徳あり
〇籠火に可灯蝋燭の事
胆礬八匁 しやうなう五匁 松やに十匁 硫黄三匁 ゑんせう五分
右らうそくのごとくかためてさきに口薬を少入てともす也水を
かけてもきえざるなり
口薬
(口薬の図)
らうそくのなり如此
楯松明の事是は取籠者の時又夜討にもよし楯板は柳な
ど然べしあつさ八分・長さ二尺よこ六寸大方也但好によるべしあま
り大に作ば我太刀つかへて悪敷也心得べし
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楯板
(楯板の図)
くさりの長さ一尺九寸
但持人の好によるべし
小手くさりのごとくに
鉄にてすべし
べし
に手かゝりある物見
より六寸下用る也又内の
方うちらうそく立に外の
方に横さんを物見より
一尺下に
〇投火矢の事是は夜討の時敵のあつまりたる所へなげこみ
敵をさわがする也
口薬
(口薬の図)
口くすり
右如此かわらけのごとく土にてうすくして中に鉄砲のつよくすり
鉄砂小砂などをこみ上下にはさみ敵あつまりたる所へ投入也
しのびの退口急なる時もよし口伝
〇同投火矢の事
(投火矢の図)
此穴数は好みによるべし
右まわりの穴には炭火を入中のあなより口薬を通玉をこみ
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つよ薬をこみて上を紙にてはり人のあつまりたる所へなげ入也
〇うづみ火の事
火縄
是より口薬をぬるべし
箱
(図)
此穴より中へ口薬を通すべし
右大きさは所によるべし箱の板はうすきほど然べし其下に竹を
わりふせて竹の下に火縄を置也箱の中には鉄砲の薬に小石
をまぜて置火縄にさし火のかよひ道をして箱の上には古こもを
かけ其上にうすく土をかけて敵のよすべき方にする也扨敵其上
をふむ時火のうつるやうにする也口伝
〇熱馬と云事是は夜討の時馬に松明をつけ敵の中へをひこむ
也此時は続松さかさまに付てよし多少は敵による馬は小荷駄
なるべし松明は小縄一筋にてむすび荷鞍につけて早くもえ
きらするたくみ也
〇まき火矢くゝりやうは世にねずみ火と云がごとし
此所に樫にてきりばめをする竹の
口薬(まき火矢)筒の上をばほそ縄にてまく口薬 の方
はふしをこむる也
右矢の羽は桜の皮よし大小は好みによるべし
〇同筒こみ薬の方の事
ゑんせう五匁 いわう三匁 鉄砂二匁 桐の灰五匁
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右末にして筒にこみ口薬に火をつけ夜討の時敵の中へ投入る也
数多ほどよし
第十七 はり番の事付り篝焼様の事
一はり番の時はいかにも物しづかに万事に心を付け敵の夜討し
のびをちかづけじと心得べしことさわがしき時も十人ある番な
らば三人か五人ほど外に出て残は番所をかため様子を聞合働
くべしかやうの儀も云合専なるべし事急なる時はかねての
約したる事だに定がたきもの也心得給べし又寝ずの番なども
時をさだめて替にすべし旅宿などにては猶以の儀也人草臥
て不
レ臥と云事はなし又篝の事備の書 にあらはすといへども
雨風に焼事を又爰にもしるすもの也
(篝火の図)
如此の味方の方に火がこひの土手高
さ七尺ばかりに三方に築べし焼窓
明る也大小心得次第間積りは備書
に有
右かゞりは日暮よりたくべし雨のふる時は藁薦などを焼そ
へ風の夜は細々心を付べし是はもとかゞりの儀也焼捨の篝は
風の夜は吹来なりに長みをやりて薪をつみ風下より火を
つけべし惣別かゞりはほそく長くと焼がならひにて有
レ此候なり
第十八 外きゝの事付り番所の物聞の事
一陣所にも城にも外聞とて夜中には敵近までしのび出物
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音をきゝ注進する也又番所にも十人あらば二三人ほどは細々
外に出て物音を聞べし鑓長刀などを小脇にはさみしづ
かにすべし
第十九 拍子木うちやうの事
一大事の所にては拍子木うつ人の六七間ほどさきを物聞を通す也
扨ひやうし木は杉にてつくり敵方へ聞えざるやうにする也夜うち
入たる時などは堅木の拍子木にて音高くうつなり用心のうち
やう宵の間は四二三とうち夜半には六三とうち明がたには一五
三と打事出来時は四四六二と急にうつ 也
第二十 敵の夜討しのびの入るべき方を知る事
一夜うちしのびなどはたよりをとるもの也心得あるべし殊更しのびは
物かげをつたふものなり又十干十二支によつてしると云儀治郎左
衛門相伝也故に日取書 に略して今爰に書しるすもの也
子午酉巳亥寅日は 其日より八つめより入
丑未辰戌卯申日は 其日より四つめより入
右は十二支を方に当てゝ知べし
甲乙日は 戌時入 丙庚日は 寅子戌亥時入
戊庚日は 子戌時入 己壬日は 午亥時入
癸丁日は 子時入
右十干を以入時を知也又来るべきとおもふ道には小砂をまきい
ばらなどをふせて入たるを知といにしへよりの法也今作意を以
色々有べし夜廻する人番衆外きゝ物見の心得肝要也
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第二十一 窃盗敵を知心得の事
一窃盗物見などは敵の作法をよく推量する事肝要也
しかれども利不
レ立事を注進すべからず又大将物頭軍者など
は其旨を聞とゞけ敵をはかるによつて大事の物也たとへば敵の鳴
物に心をつけ人馬の声に心を付て知べし口伝有加様の儀は定
有べからずたゞ自らの才智を以しるべし或人のいはく兵法のをし
へはたゞ己が心に有と云がごとし
第二十二 内通の事付り矢文の事
一内通はしのびの役也文などは落ちちりても人の心つかざるやうに
すると也昔も蜜柑柚などの汁にても書たると云りふしんの
ものあらばよく/\心を付しるべし此儀なども分国の掟たゞしき時は
いかなる窃盗も入事なきと見たり又矢文は文章に心
を付べし敵より来る矢文に真の儀を書たると手立の矢
文とを味知事肝要也たとへば魚の腹に文をこめて望をと
げ又老人の股を割いて似文を入て敵をうちたるためし有
侍用集巻第六終
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侍用集巻第七
窃盗の巻中
第一夜うち のならひの事
一夜討にはしのびのものに案内をたのみうつべし是第一也と
いへども其役人なき事も有べし只よく/\足場などをお
ぼえてうつべし扨夜うちせんと思ふ時は昼の軍に心をつく
し身を働くべからず敵のつかれを見て夜討をすべし大
勢にて夜うちの時は三手ばかりにわけて一手はけいきの武
者是はときのこゑをあげ鳴物をならして敵をおどろか
する役なり一手はしのびの武者是は敵の手ぬけたる所を
うち取役也一手は表裏の武者是は此彼に飛めぐり
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敵の前後を心懸る也如此する時は敵味方の小勢をも大
勢に見なしうろたへ敗軍する事多し又窃盗などにひ
かれやう/\百騎にもたらざる人数にてうつ時は手火矢
などをまく役人多こゝかしこにまき敵のさはく所を一もみ二も
みさつとうちとる事もあり惣別夜うちはしたるくすべからず
早く引とる事尤也
第二夜討の手引をする窃盗の事
一窃盗夜討の案内をいたす事むつかしき物也前日にし
のびて案内を見置べし又五色のしるしは前に書しごとく也
第三夜うちすべき時節の事
一きびしき時あつかひの半雨風しきりなる次の夜又は其夜
もすべし去ながらあまり大雨大風には不自由なるゆへに能
はたらきなるまじき也
第四心見の夜討の事付敵をかるといふ事
一心みの夜うちとは二夜も三夜も敵ちかくへ押しよせときの
声などをあげて追出時は早く引取うち得ざる体を見せ
敵の気をつめさせ一両日も間を置き敵の気をくつろげ弓
断したる所をうかゞひ押懸利得事あり又敵のしのびをかる
とて我陣に夜討のふれをして度々用意の体を敵より
入りたるしのびに見せ或は馬などをいなゝかせ敵に気をつめさ
せて右のごとく弓断したる時しのびやかに用意して討事有
第五表裏の夜討の事
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一夜討には種々の心得ありといへども殊更表裏の夜討と
て敵の付け入りを望むと知りながらわざと其方にうちて敵
を偽引き出す事功者のわざなるべし其時は我方の城
陣所など用心かたく伏蟠などを所々にかくし置あいし
るしなどもよく/\かためて或は百二百の勢にて待かけ
たる所にうちかけかろ/\と引時わざと人数をばしどろに
見する也此時敵付入をせば難所か引橋のかたへつれよせ
かの伏蟠を以をし包うつ也是は自然の儀也なま心得
にては引さまに味方みだるゝ事有べし又敵の先手へ一夜
に二三度もかろ/\と夜討する事有此時は夜討の大将も
惣勢も度々に替べし是は敵をくたびれさせんがためなり
自然不覚の敵は敗軍の事も有多分は昼の軍に利を
得べき表裏也
第六付入の事
一夜討に付入する事なま心得にては不覚をとるべし位をよ
く見て大将しかともせずしたるき夜うちならば敵にま
ぎれ入事あり又味方によき窃盗有て敵のあひことば
あひしるしなどをよく見届其品をよく聞て付入をたく
みたるは付入も心安かるべきか何も大事也惣別付入には
百の勢にて付入をする時は先勢七十騎是は敵にま
じり残三十騎は跡より追立る体にて敵のふしかまり
まきせいを防ため也 口傳
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第七合詞合形といふ事
一合詞はかならず味方覚えよく敵聞きしらざるやうに日々時々
にかへべし武者しるしはかせぎの武者指物などおれたる
時のため也又夜討の時白き出立をもつてしるしとして
味方をわけ楠正成立すぐり居すぐりなどの儀は合形と
云此心得をもつて分別有べし
第八夜討出立の事付心持の事
一しのぶ夜討に葦毛馬白出立悪敷なり但せりあひ
の時退口などには白出立よしされば白しるしなどをば黒き
はおりなどにてかくし戦の時はぬぎ捨て白出立になり馬
にわり口をし轡をつゝみ物音なくすべし又城と陣とに
分別有城より出たる夜うち陣所より付入せんとする時
夜半より宵ならば難所にまよふを討也陣より出たる
夜うちに城より付入せんとせば夜明に引よせて利あり但
付入する敵はいかさまにも功者なりと心得ちかづかざるさき
に追散べし
第九夜うちに生捕りをつれ行事
一しのふ夜うちになどに敵地の案内を知たるものなくば敵の
生捕をつれ行事有其時は今度の案内をよくしたらは
命をたすけ金銀などつかはすべしと契約する尤貴賤
の分別有べし其時は高もゝ高手をからみ長く縄をつ
けて案内者にする也第一声をたてさせぬ分別有べし
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玉緒
(図)
此玉を口中に入させ緒を髪のゆひめにて
むすぶべしいきの出入り自由にて声をいた
し物いふ事不叶也
皮にて
ぬいつゝむ也
申轡
(図)
如此のこぎりのはのごとくして舌を
つがひはさむべし緒のむすび右同
四方轡如此木にて十文字にするなり緒のむすび
目右同
右は物をいわせざる用心也
高手のしばりやうかりがねほねにたすきを入れ前の方にて
おとこむすびにとめ其あまりにてひぢのかゝりをうしろに
てかもうさぎに結び上を男結に留め此あまりにて両の高もゝ
をからむ也さてうつぶく事もならず股に手のとゞかざるや
うに筈を入るなり
三尺
(図)
三尺
(図)
如此両の脇にはさませ上下の緒に
て男結びにして其あまり上の緒を
たすきに入るなり
右筈をはさみては袖口衣のすそをもとぢ付る也口傳
第十夜うちにひしを蒔く事
一夜うちの引さまにはひしをまくべし敵は足の用意もなく
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味方は足の用意をして夜討する故に敵はたらき得ず
味方自由のはかりごと也此ひしをまく役人はかたはらにしの
びてたゝかひには出合せず夜うちの勢引取時ひしをまく
なり味方の足の用意専なるべしかならず退口には【味方(虫食)】
そろはざる物也されば前にも云ごとくしるしを付させ鳴物
などをもつて人数をあつむること肝要也
(図)
如此竹にても鉄にても作るべし
右寸法はさだまらず大小あるべし鉄にてつくりてはをもきゆ
へに百のうち七八十ほどは竹にて作べし或ひし壱斗のうち
二三升ほど鉄にて仕たるがよし殊更しのびなどの所持する
には竹ばかりがよし
第十一難所を便夜討の事付道具の事
大城に小勢こもり小勢難所をかたどる時は夜討は難所の
方よりすべき也かならず山の険阻をたのみ人なきもの也
〇かすがいを持事は足だまり手かゝりのため也岩間壁な
どをのるにもよし
〇橇はまわりを竹にてまげ中のくつこには釘をうつ也但
雪道すべり道岩間などによし但得ざる人ははきにくし
はたらきの時あしき也早くぬぎすつる也
〇巌石梯の事
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(図)
此爪を巌石にうちかけひかへ縄を取りのぼるべしいかにも縄をつよく作べし
継梯の事
どうかねかけはつし
まちかねとうかねしつけ
(図)
てうつがひてうつがひ
右つぎはし継手の所をてうつがひにし常は屏風のごとく
たゝみつぎ手の所にすぢがねどうかねを入此すちかねに下の筒かねを
仕付けにし上のとうかねはかけはづしに仕さて長くのべ度時は上のとう
かねを以筋鉄をしめかたむる也但つがひの所をひぢつぼに仕一段
一段とりはなし長短自由に用又は裏板を打ち楯にも用也此継
梯は古法よりつよくして自由也
釣籠の事四つ手の縄あたまにつかへざるようにすべし
籠の底にわり竹を入れつ【よみに(虫損)】
すべしふちは藤にてまくべし
(図)
此杖は引上る時岩
などにつかへる所をはづすため也
此縄三つぐり
但長きほどよし
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右のごとくこしらへて険阻なる所にても身軽き人
六七人もうへにあがりたらば残りのものを是にの
せて上るなり
右の外つくぼうさすまた熊手鳶口は世間にこ
とふりし故略
レ之
第十二仕寄道具の事
〇車竹たばの事丸竹四つめにからげ一束づゝを又
四つめにふせてさまをきり車にのせ物見などにもよ
しつねの竹たばの前後にはたらかすべきため也
常の竹たばは功者の書にあらはす故ここにしる
さざるもの也
此大さ長さ
所によるべし
但し自由のため
車竹束図なる故人二十
人のかこひより
大には入ざる
ものなり
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釣勢樓の事
帆のすり木のごとくにする也
そへ木
(図)
右是を物見勢樓ともいふなり山本勘助作意也但紫鶏
と申す唐人信玄公へとほ目かねと云物を進上候也此めがねは
五十町の中のことは手に取るごとくに見ゆるによつて如此
の手軽き勢楼の中より此めがねを以遠見をしたる也其後
此せいろうの中ひろくして鉄砲などをもうたせたると也
他家にはめつらしき勢樓也
〇車勢樓の事
帆のすり木のごとし
(図)
〇組上勢樓しやちつぎよし
(図)
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〇三角の組上
(図)
第十三水を便の事
〇引橋は城中の人数自由に出し敵をはたらかせぬ行なり惣
じて二の丸の橋は引橋たるべし古よりの橋は世に流布の故略
レ之愚案に橋の前の方をてうつがひにして仕付けの高欄の内へ
引橋の高欄の入候やうに作橋板のせいがゝり/\に狭間を切此
所を二重板にして引あげたる時は上なる板を高欄のたゝり
にわたし足場の棚にして飛道具の働き有べし此引橋を勢樓
にもふせぎにも用也引綱の付やうは往古よりのごとし但この
はしつくりやう色々口傳あり
〇底綱は川深き時せばみに綱を張古は横にはり候へども
当代は流れにしたがひすぢかへてはる也水の半ばより底に張りたる
がよし口傳〇敵にふかみをしらせざるには浮草或はまこも
葦などの根をあみおもりを付川に入れはへたるごとくに見す
る也ながれつよき所にては川上にひかへをすべしいづれも所
により種々のたくみは有べき也
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〇川をせくに古は土俵ばかりにてせき候へ共ながれつよき所に
てはせきとめがたし故に近代は舟のごとく箱をさしそ
こに穴を明け又は簀などを当て其中に石土俵をつみてせく也
第十四山を便るの事
〇さるすべりといふは坂口に大石大木などを車に積みひかへ縄を取り
敵よせたる時縄を切り放し候也おとし屏の心得同前
〇ほりぬきとは坂中をほりぬき候ふかさ六七尺計はゞは坂に
よるべし底には乱橛を打ち上には木の葉などをかけて置く也此穴を
川の浅瀬などにもほり藻くづをかけて置く事もあり
〇乱橛は世にことふり候故略
レ之
〇駒がへしといふは山などに壱尺ばかりの小穴を幾所もほり
置事あり馬の足をためまじきなり
第十五釣屏の事
一釣べいは内の方に木石を以ておもりを付屏三所か五所ばかり
にひかへづなをする也山城はおもり軽共不苦平城はおもくすべし
第十六楯の事
一楯板の長さ大方五尺八寸是は古方也近代は手軽きために
五尺四五寸にもする也よこは一尺八寸さんの数五所釘七所は古
方近代は釘しげくうつなり琵琶枝の長さ三尺六寸手形
八寸にくるべし近代は琵琶枝の下に十文字のさんをうつ也
楯板の厚さ八分但近代は鉄砲あるゆへに矢むけの方うす
くかねをふせ釘のうらもかへすまじき也是又山本勘助たくみ也
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楯板
(図)
是は
長楯
とも云
右木は柳松などよし
第十七狼煙法の事
一のろし家々の法多しといへ共今此方は楠正成秘するの法也
狼の糞三分一松葉四分一藁大
右三分一とはわら三束ならば其の三分一狼の糞を入る心得也
私云右の三色を惣合せをして其中へ鉄砲の薬を四分一入
たるは猶以煙高く立也
第十八狼煙見様の事
一狼煙は風雨あらき時又は遠き時などは煙見えにくき物なり
其方の雲に心を付べし昼はうす白くたとへば霞などのごとくに
見ゆる夜はあかし是等の儀しるすに及ばざれども万事に如此
心を付べきため也
第十九夜討道しるしの事
一夜討は行さきに退口ありてうち通は仕安物也もとの道に
立帰る事むつかしき也其時は人数を道にのこし或は山川に
目じるしをいたし又は所々に紙などをつけ竹などをさして
此約束にしたがひ帰也是しのびも同前の儀也
第二十よしもり百首の事
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大風や大雨のふる時をこそしのび夜うちのたよりとはすれ
雨風もしきりなる夜は道くらく夜討しのびの働きもなし
いつはりを恥とおもはじしのびには敵出しぬくぞ習成ける
いつはりも何かくるしき武士は忠ある道をせんとおもひて
しのびには時をしるこそ大事なれ敵のつかれとゆだんする時
ぢんがへの用意のあらば窃盗にはさき立ちて行きあんないを見よ
ぢんがへの案内をせば山川や敵のあいだをだい一とせよ
しのびつゝ見立てる事を絵図にして軍者に向談合をせよ
ぢんがへはまづ時と日のならひありしのびの役は所てきあひ
しのびには城と陣とのならひありなんじよのかたと森と物かげ
しのびには身の働きはあらずとも眼のきくを専一とせよ
夜うちにはしのびの者を先立て敵の案内しりて下知せよ
軍にはしのび物見をつかはして敵の作法をしりてはからへ
しのび者に敵をとひつゝ下知をせよたゞあやうきは推量のさた
はかりごとも敵の心によるぞかししのびを入れて物音をきけ
心がけふかくありぬるものゝふはしのびにひかれ道すぢをしれ
しのびにはゆくことよりも退口を大事にするぞ習成ける
ただ人をつれてしのびにゆく時はまづ退口をしるしをしへよ
しのびにはならひの道はおほけれと先第一は敵にちかつき
我陣に夜討しのびの入る事は与党の人の科とこそきけ
しのびには道具さま/\多くともまづ食物はこしをはなすな
火と水ははなさぬものぞしのびには野山にぬるを役とおもひて
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墨筆は万事の用に立つぞかししのびゆかばやたてはなすな
城中や陣所をしるとはやくたゞ立ち帰るこそ功者なりけれ
敵にもし見つけられなば足はやににげてかへるぞ盗人のかち
しのびゑては敵かたよりもとしうちの用心するぞ大事なりける
夜うちには敵の付け入る事ぞあり味方のさはうかねてさだめよ
どしうちも味方の下知によるぞかし武者のしるしを兼て定めよ
さまをかへ姿をかへていろ/\に敵をなぶるはぬす人のやく
道すぢに目付をせんと心がけよ我家わすれてふかくばしすな
うちよりもあふ事あらば森はやしすこしのかげにまづかゞむべし
しのびにも又夜うちにも行く道をかへるは大事ゆきぬけはよし
得たるぞとおもひきりつゝしのびなばまことはなくとかちはあるべし
しのびにもほそりをするな武士のまことのなきは一類のひけ
おどらかす敵のしかたにさわぎなばしのぶ心のあらはれぞする
大勢の敵のさわぎはしのびよししづまるかたにかくれがもなし
しのびには三つのならひの有ぞかし論とふてきとさては知略と
武士はつねにしんじんいたすべしてんにそむかばいかでよか羅□
しのびにも行く事あらば祈念してしよぐわんじやうじゆの上に出べし
しのび行く道や門出にけのあらば時日かへつゝあらためてゆけ
門出にすはりし食にもみあらば夜討しのびの吉事成けり
門出の膳なる汁にかげなくば其夜のしのび大事成けり
門出にからすのこゑのきこゆるは半なるぞよき重はつゝしめ
しのびゆく方角あしき時ならばまづよき方にかと出をせよ
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行さきをねずみの横にゆく事はねこいたちよりふかくつゝしめ
いきもののしのびにむかひつくばはゝまづ行事のしんしやくをせよ
しのびゆく道にけだ物ふす事は仕合のよき瑞相としれ
しのびには星なき方にゆかぬ也曇る夜ならば雲ひかる方
いなづまの跡光るこそ吉事なれさきに光をふかくつゝしめ
月の夜は白出立ぞ目にたゝねやみにしのばゞくろき物きよ
日月にむかひし時はかげもなしうしろびかりはかげぞあらはる
雪ふりにしのびにゆきし事あらば先足あとの用心をせよ
目つけもの又はしのびにゆく時は書置きをせよのちの名のため
武士はあやぶみなきぞよかるべしまへうたがひはおくびやうのわざ
武士はたゞ物ごとのをくれなく手軽出立いさぎよきかな
とが人の跡をしたひて目つけせば姿をかへて人にしられな
人をしり我をしられぬしはざこそしのびのものゝ巧者とはいへ
とか人のつくるをしるとおもひなは道をかへつゝ出合にせよ
一人をふたりのしのびつけ行は敵をはさみてあとさきに居よ
しのびにも又は目付の時もたゞよるを大事と心がけせよ
長途は大勢つれてめつけせよかはり/\にやすまんがため
しのびにも夜つめ番衆もくたびれば不覚をとらん始成けり
つかれよりゆだんおこれる物なればかはり/\によつめ番せよ
番所にていましむべきは高咄酒もりうたひ拍女ばくゑき
さわがしき事ありとても番所をば立ちのかざりし物とこそ聞け
夜まはりや大事の番をする時はしづまり居つゝ物をとを聞け
夜廻のとをる跡よりまはすをばかまりつけとぞ云ならひなる
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よまはりのとほる跡こそ大事なれかまりつけをばいくたりもせよ
かまり付はだん〲に行廻こそ敵のしのびを見つくるときく
敵方の馬のいなゝきしきりならばようちの用意すると知べし
森林ねとりさわぎてたつならば敵の有ぞと用心を勢よ
よまはりの心がけには物音や敵のさわぎと火事と油断と
夜廻にふしんのものを見付なばちりやくをまはし生捕にせよ
夜廻にうち捨するは大事也はやまり過てみかたうちすな
成がたきしのびをしたる手柄にはしるしをとりてかへるべき也
武士はたゞいつも丸弥をこのむべし身をくつろげてゆだんばしすな
何事も心ひとつにきはまれりをのがこころにこゝろゆるすな
まのまへに敵のあるぞと心得ばゆだんの道はなからまじきを
あかつきは人のねふりもさめやすししのびにゆかば心得をせよ
敵中に女の争てある時は火の立やうに大事こそあれ
四季の火はならひの道のある物をしらで立てるは危かりけり
敵の城敵の陣所に火をつけば味方に時の約束をせよ
城や陣に火付入んと思ひなば味方近つく時をまつべし
城や陣に火を付ぬべき時はたゞあかつき方の風を待つべし
敵城のしのぶしるしを取ならばまぎれぬ物を肝要とせよ
敵方の旗馬じるしとりくるは味方のために悪とぞきく
火をつけて味方近つくものならば時を作て声を合はせよ
敵方の城や陣所に名を書てしのぶ手柄を人にしらせよ
我方にしのびの入とおもひなば味方をかぞへせんさくをせよ
番所になとにこつじきひにん来なばあらくもてなし追返べし
番所にて心のよはき人はたゞふかくをとらんもといなるべし
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他国よりくる人ならばしんるいも番所に近くよすべからざる
番所にてしきりにねむくなるならばことあるべきと用心をせよ
旅にては何に付てもゆだんすな不覚の事のある物ときく
大事なる荷物をもてる旅ならば先かどせどの道筋を見よ
荷物をば座敷の中につみ置きて壁ある方に番をなすべし
旅宿の二階ざしきに気を付てすがき遣戸に用心をせよ
しのびには二人ゆくこそ大事なれひとりしのぶにうき事はなし
ふたり行しのびはひとりさき立て跡なる人に道をしへせよ
右百首は義経書捨物語の中によしもり歌とて有
を此書にあらはすもの也
侍用集巻第七終
侍用集巻第八
窃盗巻下
第一 夜廻弓断有間敷事
一武道は弓断強敵となる軍の法陣所も城中も敵
に案内をしられて夜うちにやぶられ窃盗に火を付けられ敗軍
する事おほし又羽武者は馬具物具などをぬすまれひけを
取也太平の世たるとても武家としてゆだんをなさば眼前に
あやまちあるべし殊更夜詰夜廻の役は一入大事のもの也
味方に弓断をさせまじきためなる故所/\に気を付
番所にこゑを合かゞりを下知し敵の窃盗など入らざるやう
にする事肝要なり
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第二 夜廻作法の事
一夜まはりにはあまり大勢も悪敷也又人数すくなきもあやう
しいかにも音しづかにまはるべし手勢三十人程にて廻時は騎
馬より一町程さきに歩行者十五人内五人は飛道具を持べき也
騎馬の左右には弓鉄砲くま手とび口つくぼうさすまたなどをもた
せ歩行者手あき拾人ほどあるべし騎馬より一町ほど跡に五人
手あきの歩行者を通すべし扨大事の所敵近陣所ならばさく
より外を騎馬の夜廻右のごとくの作法にて廻りさくより内は
かちにて二十人ほど二手に廻事尤也又夜廻の二三町も跡より
人数五六人飛道具長道具を所持して歩行にて廻べし是物
きゝの役成夜廻一夜に五度廻は物きゝは七八度も廻べし尤小屋か
げ物かげに心を付ける事肝要なり
第三 夜廻に鳴物可持事
一夜廻第一は自身の働をおもふべからずたゝ夜の物見なりと心
得不審の子細あらば味方に早くしらすべき事を肝要とする也
尤味方ちかき所にてはみだりにうちずてすべからずされば合言
葉などは下々に至る迄覚よき事を敵のきゝしらざるやう
にふるゝなり必味方合詞合形のかはりをいまだしらざる時は
不審のやうにみゆる事多尤ふしんは有べしさやうの時は何
とぞいけどりいたすべし尤味方なる時はとらへやすきもの也
侍ならは縄をかけましき也若たてつき手こわき時はうち
すてたるべし是敵のしのびを用心するためなり又味方
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の□□ならばまつをしわけいけどる事尤也何もふしんの
ものをば其主人をとひ主人にわたし物がしらなどに渡べし又
馬のはなれたる時は歩行者二三人のこし頭は通べし火事
の時は歩行者四五人にふれさせとびくちくま手を持たる者
を其所にのこし猶以てかしらは敵かたに心をつけつまり/\所/\
を夜廻すべし若又しのぶ夜うちなど味方のへい下さく
ぎわにつきたるを見付たらば飛道具をたてかため太鼓など
をならすべし飛道具をみだりにうち捨事あしき也味方
あつまらざるさきは小勢なる故也扨味方あつまりて一はたら
き有べし惣別夜廻は二かしらに仰付られ入りちがへ/\廻べし
扨敵のようち入たる時は一かしらは敵来る方に有て太鼓をなら
すべし一かしらはうしろきりの用心をしてかねをならすべしな
どゝ約束をして味方をあつむるなり又は太鼓をならす時はそれ
がしの手に来るべしかねをならす時は何がしか手にきた
れなど味方にふれ契約をしてならすべし扨事出来
らば手より/\のうけとり/\の口々に懸合せの事肝要也
なま心得にて手にあはん事をのみおもひて一方にあつまりうし
ろきりをふせがず或は敵を旗本にちかづけ或は夜中に味
方うちする事おほしかやうの時番所を立出請取の役
をすて手にあはん事を本意としたる働ならばいかやうの手柄あ
りともうろたへのうち成べし但又旗本急成時或は敵の働によるべし
第四 ようち見やうの事
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一敵のようちときを作けいきをあらく見するはうしろきり
有と思ふべし又さのみ手いたくも不
レ戦して引とるは表裏也
又寄来る跡にしるしも見えざるはうち通の心得也何の味方の
手立を以敵のこころざしを知べき也尤したるく追べからず
第五 旅宿心得の事
一旅にてはくち/\に番のものを置陣所のごとくこころ得べき
也大将の御寝所の近所にはねずの番を置屋敷のまわりに
拍子木をうたせ外きゝ夜まわり有べし小身の人なども陣所の
ごとく諸道具なども立てならべつまり/\までに心を付け座敷
の内などにも不審の子細をよく/\気を付亭主等にも
心をゆるすべからず殊更荷物あらば紙帳をつり其荷物を碁
ばんなどにのせて置く事も有いづれも大事の物をば座敷の
中に置きとりまはしまもるべしすがきの下より切りぬき壁より
きりとりたるためしおほし又ひとりたびの時は猶以大事致べし
第六 旅人持べき道具の事
〇ひとり旅又は小身の人は錐を持べし古家などにては戸障子
に至るまでかけがねくろゝはあれども不用心にて亭主あけ
つけやせんと思ふ時は人のしらざるやうに戸の跡かしらに錐
をもみたて候なり
〇鑓なども柄を短くこしらへ枕鑓とて寝間に置刀脇指も降緒
とさげをを結合て柄を跡のかたにして下緒を敷て祢るなり
〇旅刀懸の事屏風のごとくかけがねぐさりにつくり楯にも用る也
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――――是は手かかりに用故うごかざるようにすべし
(図)
右同前
右屏風の大さ長み片方に付壱尺五六寸はゞ六寸四五分
あつさ好み次第たるべし但楯に用時はかけがねをはづし片方を用也
〇追かけ者の時又遠路を行時は刀脇指かたまりかぬるものなり
はやこしあてを所持すべし
是は帯を通す皮にてすべし
(図)
――是はかねにて作――如此けぬきのやうに
大さはさや自由に してしめかねを入れ
まわるほどにす てとする也
べし
(図)
〇旅宿にて立具なき所などの用心にはこしだけに糸
をはり或はたゝみをあげかけて置べし盗人などはすこしの事
に気をとらるゝもの也又置弓とて如此箱にしかけても置也
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是をば留守の弓とも云
(図)
――箱の大小弓によるべし弓の方の柱に
も前の方にも中にも三所に矢おさへ
の竹有
右こはぜに糸をつけ戸口の上に竹などをわたし右の
いとをうちこし其あまりをこしだけに戸口に横わたし
に張也此糸にあたると矢はなれ行からくり也口傳
第七 追かけ者の事
一追かけものをばはやまる事あしき也盗人など入たる時も残
心なく出合ふかくを取事多殊更旅などにては戸口も不
案内なる故にはやまるべからず惣じて窃盗は跡きりを
置くとなり用心すべし
第八 火事の時の心得の事
一火事にはあまり衣うすきも悪かるべし風下はふせぎ
がたし惣別火事の働あまり武辺にもならず恥辱をとる事は
多又はやまり過火煙のつよき時働にぶきは見ぐるしきものなり
主君などの御前にては猶以心得有べし旅宿にては荷物に心を
付べきなり火事には先盗人の用心有べし乱世などには敵よ
せんとするとおもふ事尤也しやうざくはかわころも・ねりかさよし
道具はとびくちくまでの類よし風つよき時は飛火にて遠き方
やけて隣家の焼ざる事おほしるいくわけしがたき時は跡さ
きの家をくづしたるはよし
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第九 取籠者うつべき分別の事
一取籠の時わかき人などははやまりて犬死をする也心あるも
のなど取籠たる時は用心あるべし板じきをはづしすがき
などを切りはなし或はひしをまきたゝみなどを立て種々たくみを
なすもの也其上人よりはやく近寄りたるともにぶき働きは
いひかひなく見ゆる又犬死せんも口おし又主君としてい
さみあるものを殺す事もおしき儀也窃盗などを入或は色々
だしぬき搦捕べきなり但大勢とりこもる時など又は飛道
具など用意すると聞ゆる時はやきうちにもしてはやく
ころすべき也乱世などには猶以国のさわぎになる事ある
べしをそなはる事あしきなり
第十 窃盗の手立と云事
一窃盗は種々の行をなすと云り番所の人など大かたに心
得給てはふかくを取事有べし
〇にせをたてとて雨の夜などは表にからかさを立番の者もの
の心をうつさせうらより入と也
〇かけさすとて竹などに衣をきせて戸口よりうちに入番
衆の心を見ると也又は猫犬などをも戸口よりはなし入れ内
の様子を見るとなり
〇窃盗物見には二方に窓を切一方には物見する人内をのぞき
一方のまどよりは手のうちのたいまつをなげ入て見ると也
たいまつの事前に書なり
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うらとぢとて夜討の時又は窃盗にも門のくわんの木な
どを外より錐にてもみとぢて隣家の人を出合まじき
行もあるとなり
〇さまぬけとて敵のさまあなを焼き鋸にて切りぬき入候と也
右は大方の儀なりと治郎右衛門咄されし旅宿などにて
は随分用心尤なるべし如何様にも番所はしづまる事
専一成べし
第十一 旅宿住居の事
一旅にて天井ある家二階の下にはひとりたび人なとは伏べ
からず又大勢つれたちたる時は二かいと下と二所に臥べし大
事の所などにてはふすべきたゝみをあけてねじきの下をよく
心を付べき也又妻戸の方をば枕の方になすべからずことさ
わがしく亭主など細々と寝所を見廻時は二度も声を
不
レ合心を見べき也又夏夜など庭の虫の音俄にしづまら
ば人来ると思ふべし鼠などさわがしき夜俄にしづまるも
不審也いづれも万事に心を付時はいかなるしのびほそり
なりともうちとめずと云事はあるべからず
第十二囚人の事
めしうどなどをからめたるとてゆだんをなすべからず首
かねを引きり縄をぬけたるためしおほし殊更はなしめし
うとをばたとへわづかのものなりとも番をば多人数にて仕べし
此時もかはり/\に伏べき也たとへば五人して番をせば二時かは
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りと 約束してかはる事尤也大事のめしうどしかも名ある
侍などにて縄をかけずして他国へつれゆく時はのり物か又はつ
り籠などをばいかにもせばくすべし自害をさせまじきため
なり又座敷籠に置く時とぎに行く人は丸こし尤もなるべしとぎ
人を置事も自害の用心なり心得べし
第十三人を搦習の事
一大事の囚人には首に縄をかけまじき也
一侍をば縄かけ候ほどならば当座に打捨たるべし若いけどりの
儀あらばのびの緒又は刀のさげをにてからむべし
一ほだしをうちたるとて手をゆるすべからず
一首かねを入れたるめしうどにはそばちかく灯を置べからず尤釖
をも置べからず
第十四 科人責様の事
一水ぜめは喰らはしたるはあしき也瀧せめとてあたまよりすきまな
く樋などより水の落つるごとくにかけべし但あたまをうつぶかせざるべし
一火ぜめの事めしうとはやく草臥て悪しゝ惣じて大事のめし
うどをばくたびらかさゞるやうにて然べきなり
第十五 切腹人のかいしやく仕様の事
一切腹人に出す脇指をばつかをはづすべし是はたらかすまじ
きためなりさきは二分よりおほくは出すべからず
一かいしやくする人は日月にむかひて切べし我かげを切腹人に
うつすまじきため也但切腹人の左の方にならぶ也されども心
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得によつて右にならぶ事も有かやうの儀は作法をそむき
たるもくるしからずたゞ囚人にはたらかせざる分別尤也
第十六 かいしやく人目付の事
一首をばひきくきりたるには損有高く切たるがよし子細は
かいしやくはやす大事のものなりうちそこなひて恥辱をとるべ
からずかねあひをよくきるべし傳云切腹人の乳とかいしやく
人の右のひざとをろくに見て切腹人のおとがひに目をつけ
て切たるがよし但切腹人の首のうけやうによるべき儀也かい
しやくは手前早くと心得たるは仕よきものなり切腹人脇指
を引廻時はかならず前にかゝり首のびて見ゆるなり此時に
目を付うつべき也尤かいしやく人の刀長きは不可然也又脇指を
以かいしやくする時はふえの方よりかき落べし但是も時の首
尾によるべし
第十七 検使人心得の事
一けんしは切腹人の真向ふの方に座べし間は二間のうち成べし
尤ゆだん有べからず去御家にて切腹人けんしの刀をうば
ひ取て人おほく損たる事有夜の見使など一入大事なるべし
右窃盗は服部治郎右衛門氏信其他勇士発明の
言語を以如此也更他見すべきにあらず只懐中
のため書
レ之故に前後相違の儀繁多なりといへども
其吟味無之者也 第八終