朱雀家文書
| 【指定区分】 | 市指定 |
|---|---|
| 【種別】 | 書跡・典籍・古文書 |
| 【所在地】 | 長田 |
| 【指定年月日】 | 平成14年4月25日 |
解説
朱雀家は、元は山城国相楽郡瓶原の地侍である。瓶原の地侍衆は「瓶原一族」や「瓶原七人衆」と呼ばれ、同家には瓶原七人衆宛の織田信長朱印状と佐久間信盛書状(写真)、瓶原惣中宛の豊臣秀吉書状(写真)などが残る。瓶原が元和5年(1619)に藤堂藩領となった後、朱雀家は藤堂藩へ仕官している。3代藩主藤堂高久の近習となった朱雀頼母は、高久の死去に際して臨終や葬送の様子を克明に綴った『高久公易簀録』を記し、その草稿が現在に伝わる。