伊賀国庁跡
【指定区分】 | 国指定 |
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【種別】 | 史跡 |
【所在地】 | 坂之下 |
【指定年月日】 | 平成21年7月23日 |
解説
伊賀市北部を西に流れる柘植川右岸の段丘上に立地する古代伊賀国の役所跡である。8世紀末から11世紀前半にかけて、大きく4期に分けられる遺構の変遷が確認されている。東西・南北41m程度の掘立柱塀や溝で区画された政庁域に、主要施設である正殿・前殿・脇殿が配置されている。正殿などの主要建物は、当初は掘立柱建物であったが、10世紀前半から後半にかけて礎石立建物に建て替えられている。出土遺物には、墨で「国厨」と書かれた土器があり、遺跡の中心部には「こくっちょ(国町)」と称する地名が残る。国庁の南には東海道が東西に通り、真南の丘陵上には国分二寺が立地するなど、古代伊賀国において国庁、国分寺、官道などが計画的に配されたと考えられる。