草蒿寺跡・吉田兼好ゆかりの地
【指定区分】 | 市指定 |
---|---|
【種別】 | 史跡 |
【所在地】 | 種生 |
【指定年月日】 | 昭和47年8月5日 |
解説
種生字国見には、『徒然草』の作者として有名な兼好法師がこの地で晩年を過ごして生涯を閉じたという伝承があり、兼好塚(写真)と呼ばれる墳墓が残る。元禄期に『種生伝』の作者篠田厚敬がこの地を訪れ、『種生伝』の稿本と思われる「兼好上人略伝」、土佐光成筆による兼好法師の肖像画(県指定文化財)、頓阿・弘融・兼好の古筆切を寄附し、これらが現在も常楽寺に伝わる。草蒿寺跡・吉田兼好ゆかりの地
【指定区分】 | 市指定 |
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【種別】 | 史跡 |
【所在地】 | 種生 |
【指定年月日】 | 昭和47年8月5日 |
解説
種生字国見には、『徒然草』の作者として有名な兼好法師がこの地で晩年を過ごして生涯を閉じたという伝承があり、兼好塚(写真)と呼ばれる墳墓が残る。元禄期に『種生伝』の作者篠田厚敬がこの地を訪れ、『種生伝』の稿本と思われる「兼好上人略伝」、土佐光成筆による兼好法師の肖像画(県指定文化財)、頓阿・弘融・兼好の古筆切を寄附し、これらが現在も常楽寺に伝わる。