概要 | 明治13年(1880)11月、立岩村の麻生賀郎は息子太吉名義で借区3,500坪の鯰田炭坑を開坑。後に蒸気機関の運転が進まず、明治18年に休止。 その後、三菱が安川敬一郎・平岡浩太郎の斡旋で麻生太吉の借区を買収した。明治22年操業を開始し、飯塚市、頴田町、庄内町及び稲築町内に一坑から六坑まで順次坑口を開設。 大正7年(1918)4月には、三菱鉱業株式会社が発足し、大正9年10月には鯰田、新入、方城、上山田の4坑は筑豊礦業所として統合された。 昭和25年(1950)5月には筑豊礦業所は廃止されて独立し、鯰田礦業所として稼業することとなった。昭和37年(1962)には、鯰田礦業所の機構を縮小して鯰田炭礦とした。 最終的には、昭和45年6月に閉山した。 |
---|