概要 | 大正9年(1920)、日鉄二瀬鉱業所(当時の製鉄所二瀬出張所)が鉱脈を探るため椿の田圃で試掘(ボーリング)を行っていたところ、温泉が湧き出てきた。現在の「ナフコ」の敷地西南の隅、道路四つ角から10メートルくらい東の所とされる。温泉の効能として胃、神経症、痔疾、皮膚病、便秘症などがあげられる。 飯塚や天道から椿温泉行きの馬車やバスが運行し、筑豊はもちろん県内外から多くの人が椿温泉を訪れ、賑わったといわれる。また、当時では珍しかった炭鉱主や富裕者たちの自家用車やハイヤーが多く乗り付けられたとされる。 しかし、周辺の石炭採掘が進むに従い、温泉の湧出量は次第に減少し、泉源よりの供給ができなくなり、温泉経営は中止された。その後、日鉄二瀬鉱業所の療養所として、建物などは利用されたが、鉱害がひどく取り崩された。 |
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