向山雅重先生には民俗の研究に携わること六十年、ふるさと伊那谷を中心に、県内をくまなく踏査され、その歩みは県外にも及び、民俗の深奥を究め、向山民俗学とまで言われる独自の分野を拓き、生前多くの著書や論文を発表し、学界にもその名を知られ、江湖に多くのファンをもった。
向山先生は研究の基礎資料として、膨大な野帳と写真のネガを残された。現在向山資料保存会が御遺族からお預りしている野帳は二八六冊、写真のネガは六百五十本である。向山資料保存会ではこの写真のネガを整理する作業を通じ、写真資料も野帳と同じく向山先生の仕事の大切な一面であり、これを編集することによって、先生の仕事の概略を視覚的に把握することができるのではないかと考え、本書の刊行を企画した。
なお先年、向山先生の諸所に発表した沢山の論文を収集整理して『山国の生活誌(全五巻)』が発刊されたが、それに掲載された写真は極く少数であるから、本書は『山国の生活誌』の姉妹編の役割を果たすことにもなろう。
編集委員がネガの中から伊那谷のもののみを抽出しプリントして見ると一万四千コマという多数になり、それをジャンル別に分類して、最後に写真集に掲載するプリントの選定をした。これらの写真は向山先生の郷土への愛情の溢れる心と、そのものに対しての透徹した観察を以てシャッターを切った、貴重な伊那谷の民俗資料であって、今では撮影できないものも多く、取捨選択に苦心した末に、三百二十枚のプリントを選んで編集した。
次に写真の説明文であるが、編集子の判断で解説するよりは、向山先生の文章でという意見になり、著書や野帳からそれぞれに関係する文章を探して引用した。また、野帳からスケッチをも選んで十八点ほど載せた。
ただ本書の中に編集子の未熟から先生の意図された心のレンズにピントの合わなかった部分があったかも知れない。
最後にあたり刊行について新葉社にお世話になったことを深謝する。
平成四年一月
向山資料保存会 編集代表 荻原貞利