カヤ葺きの家では、およそ45度の勾配をなす屋根の傾斜のため、天井裏が相当の空間をなしてくる。これを利用するため、屋根の側面などに明かり取りの窓を設けてあるのが多い。
物置、蚕の上蔟などに使い、また、近年ちょつとした部屋にして、若い者の常の間、子供の勉強部屋などに利用しているものも多い。このように扇の間の部分を切り上げるのを甲(カブト)という。
カブト造り 上伊那郡辰野町上野 昭和44年9月
煙出し 高遠町 昭和39年4月
棟飾り 伊那市東春近 昭和46年11月
カヤは村の入会山などで刈り取る。入会山の一部を萱野(かやの)として保護し、秋になって日を定めて、山の口を明けて、自由に刈り取るようにしている所が多い。
鉄平石の屋根 高遠町藤沢 昭和55年
「諏訪の名物カカア天下に石の屋根」といわれる平石(鉄平石)葺きの屋根。
板屋根の妻(つま)の利用 長谷村浦 昭和50年3月
ヒサシの下は干葉を干すなどに使われる。
観音堂の屋根替 駒ケ根市赤穂下の坊 昭和43年11月
萱屋(かいや)の屋根葺。屋根裏と外との縄渡し作業。
屋根葺 伊那市美篶 昭和28年4月
萱で葺いた寄棟平入りの萱屋(かいや)が伊那谷の古い民家。
屋根葺 屋根板づくり
村の人々が村の入会山から刈ってきたカヤを、この家のために持ち寄って屋根葺をしてくれる。その仲間の家で屋根替といったときは、皆がカヤを持ち寄って、助ける。一度葺けば30年、40年は保つから、こうした村内の助け合いで屋根は葺ける。夏涼しく冬暖かく、しっとりとした光のうちに、つつましく、なごやかな生活が続いてきた。
ところが、このカヤ葺きから、順次、板葺きに替ってきた。カヤ屋根は棟が高いが、この板屋根はあまり高くなく屋根の勾配もゆるい。クリの材を割った屋根板をならべて葺き、押さえの細い木をのせ、その上へ、人の頭ほどの平らかな石を重しに置く。この板葺き石置き屋根がいわゆるイタヤ(板屋)。
板屋は、カイ屋よりも明るく、紙障子を透かしてくる光がほどよく調節されて快い。