馬にはかせるワラ(藁)製のくつ(沓)。馬の背に荷をつけて、遠い道を運ばせる。これはうっかりすると、そのつめ(ヒヅメ=蹄)をいためることになる。この保護のためにワラで作ったくつをはかせるのが古くからの習わしであった。それが「うまのくつ」。
うまのくつは、ワラジのように作る。つめの形にあわせて、左右にやや広い円形。くつの先端から左右二本のヒモが出ており、その各々を中ごろまで一回、底の縁に引っ掛けて後ろへもっていく。底の後ろからはかえり(ちともいう)とよぶ左右二つの長い輪の形のものが出ている。その輪へ、このヒモを通してある。こういった馬のくつを作ることを「くつを搔(か)く」というが、一人で一日に十足作れば一人前とされた。
馬にはかせる時は、この底の上に馬のつめをのせ、かえりを通っているヒモを前へ持っていき、右は左を、左は右をと、反対側のヒモにかけ、引き締めて結ぶ。こうして、くつをはかせることを「くつを打つ」という。
「うまのくつ」は左右の二つで一足とよぶから、前脚と後脚にはかせると二足要るわけである。前と後にはかせる、それを「四つをうつ」などと言う。
百姓馬だけでは、くつもあまり多くは要らないが、百姓のスキ(農閑期)に、馬追いでもするとなると数多く要る。その小遣い稼ぎの賃馬が、やがて専業の「ちゅうまおい(中馬追い)」ともなれば、「一綱三頭」二綱四頭」などと、一人で馬三頭も四頭も追ったもので、いつも油断なくくつを搔いておかなければならない。
歩いているその馬の足もとに注意していて、くつが切れてきたりすると、直ちにはきかえさせなくてはならない。そんな時、ヒモを解いてくつを脱がせている暇がない。いつも腰につけている「くつきりがま(沓切り鎌)」をとって、とっさに、ヒモを切って、新しいのと、はき替えさせる。沓切り鎌は刃わたり一寸三分(四センチメートル)長さ五寸(十五・一センチメートル)ほどの、共柄の小さい作りで、革のサヤへ収め、ほどよい長さのヒモがついていて、使う時も腰から離さなくて、用が足りるのである。
道端にまつられている馬頭観音に、この「うまのくつ」を供えて、道路での安全を祈る。田植えの終わったあと、骨休めの遊び日などに、若い者が近隣さそいあって、馬にのり、馬の健康にご利益があると信じられている観音様へお参りに行く。そんな時は、必ず新しい沓を用意していき、お参りのあと、沓をはき替えさせ、脱がした古い沓を結んで、そばの立ち木に投げ上げて掛けて、さらに健康を祈る。そんな習俗が近年まで続いていたところがある。
かなぐつ(蹄鉄)が普及してくるまでの「うまのくつ」。それは、馬によせるあついいたわりの心の表れと言えよう。
(「民具のこころ」『信濃毎日新聞』昭和五十二年七月二十八日付掲載)