あとがき

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 「写真というものは、撮るとき自分の気のつかなかったものまで映っているから面白い、人間の目はどうしても自分の関心のあるものしか見ようとしないから」こんな風に私は向山雅重先生から何度も伺った覚えがある。先生は写真の記録性・資料性を重んじて何でもカメラに納められた。先生の残されたフィルムが、向山資料保存会でお預りしている分だけで、六百五十本もあるのも頷ける。
 先生のフィルムが資料的価値を有するのは、一コマ一コマに撮影年月日・撮影場所ないし被写体名を注してあるからである。それがなければいくら膨大なコレクションでもこういう企画はできなかったであろう。なお本書の編集には直接関わりはないが、幾つかのネガホルダーや野帳の片隅に使用フィルムの種類・絞り・シャッター速度が書き留めてある。驚くべき丹念さである。また先生は論文に掲載する場合を考えてか、写真はほとんど白黒でカラーフィルムはほとんど使わなかったようである。 本書の写真を選ぶに当っては先生のモットーとされた現場主義を大切にし、再現された場面よりは実際の生活シーンを撮ったものを優先した。
 先生の野帳と写真とは緊密な関係がある。本書の写真説明も野帳から採れば理想的だが、野帳の記述は余りにも微細な点に及ぶので、スペースの点からも全体のバランスからも全部というわけには行かず、多くは先生の著書から引用した。その代り野帳の中のスケッチには随分面白いのがあったのでカットや説明の補助手段として使用した。
 山村の祭礼など近頃はリバイバル・ブームでビデオカメラで詳細な動きまで記録されている。この写真集も祭礼の写真を多く掲載したが、まだブームにならない頃のひっそりした環境の中の古俗に価値を見出したからである。
 向山先生は伊那谷に生き、伊那谷を愛し、伊那谷を分析し、伊那谷を記録した。その先生の足跡をこの写真集で辿って頂ければ、本書の出版に参画したものとしてこれに過ぎる幸いはない。
 なお、写真の現像はすべて土屋愛子さんが担当した。
 
  平成四年二月
  向山資料保存会代表 代田敬一郎