和泉市年表

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No 和暦 西暦 事柄 出典
1 建久8年 1197 仁和寺僧印性が槙尾寺で水天供をおこなう。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
2 建久9年 1198 国司平宗信の使者が和泉春木庄・池田庄らの神人らに暴力をふるい、国司に対する反対運動がおこる。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
3 この頃福瀬に周濠を持った居館が存在、横山福善氏の居館か。(福瀬遺跡) 『和泉市の歴史 1』(2005年)
4 12世紀後半~ 和気遺跡で中世の建物群が現れる。(~13世紀後半) 『和泉市の歴史 6』(2013年)
5 12世紀末頃 天台円頓戒の法脈が槙尾寺の学侶に受け継がれる。槙尾寺が仁和寺の末寺となる。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
6 建仁元年 1201 後鳥羽上皇が熊野詣を行い、平松御所が新造される。以後も宿所として利用される。 『和泉市の歴史 4』(2015年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
7 承応元年 1207 後鳥羽院政のもとで和泉守護が廃止される。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
8 承元年間年 1207~
1210
この頃梨本池が築造される。これにより箕田村が成立する(のちの万町・浦田・鍛冶屋村)。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
『和泉市の歴史 3』(2011年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
9 建暦3年 1213 池田郷の国衙領を支配する藤原頼綱と春日神人が対立する。 『和泉市の歴史 6』(2013年)
10 建保元年 1213 後鳥羽院から池田郷を与えられた藤原親綱が、預所として池田郷へ入部する。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
11 健保7年 1219 黒鳥村にある安明寺の存在が記録される。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
12 承久2年 1220 地黄御園に内裏用途米が賦課される。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
13 承久2年 1220 春木庄に造内裏役が課され、奈良春日大社が免除を申請する。証拠文書が無く、認められず。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
14 承久3年 1221 承久の乱。こののち、和泉守護が再設置される。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
15 貞応元年 1222 松尾寺が朝廷に真言潅頂有職の設置を申請し、官宣旨によって認められる。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
16 暦仁元年 1238 横山郷が槙尾寺一円不輸庄として認められ、横山庄が成立する。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
17 この頃槙尾寺は仁和寺菩提院の配下に入り、槙尾寺とその寺領は仁和寺菩提院の所領となる。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
18 13世紀 この頃「和泉国神名帳」(大鳥神社蔵)が成立する。 『和泉市の歴史 4』(2015年)
19 13世紀 池田庄から池田上村が分離する。 『和泉市の歴史 6』(2013年)
20 13世紀 この頃までに宮里庄としてのまとまりが形成される。 『和泉市の歴史 6』(2013年)
21 13世紀前半 藤原安則が平資保に刀禰職を譲渡。以後数十年にわたり刀禰色をめぐり訴訟が続く。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
22 延応2年 1240 和泉守護が国府の「市庭」に人身売買禁止法の「札」を掲示する。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
23 仁治年中年 1240~
1242
四条院の発願により行遍が灌頂堂を建立。この頃までに仁和寺菩提院門跡が槙尾寺の別当に就くようになる。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
24 13世紀中頃 市域で、中世の惣村が成立し始める。 『和泉市の歴史 7』(2018年)
25 建長2年 1250 九条道家が春木庄ほかを一条実経に譲り、以後は一条家領となる。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
26 建長3年 1251 宣陽門院が槙尾寺の万花万灯会を発願し、吉見・兎田庄の地利を槙尾寺へ寄進する。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
27 建長4年 1252 横山岡氏が春木庄内水尾山の山林を買う。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
28 建長4年 1252 唐国村の刀禰と百姓が置文を作成し、妙楽寺に保管する。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
29 建長6年 1254 京都西大寺の叡尊が信太神社と中尾寺に滞在し、菩薩戒を授ける。(布教活動をおこなう:『和泉市の歴史 4』(2015年)) 『和泉市の歴史 6』(2013年)
30 建長6年 1254 信太光久が河内国金剛寺に六斗の米を寄進する。 『和泉市の歴史 4』(2015年)
31 建長8年 1256 沙弥蓮覚が上泉御庄梨子本里の山林荒地を黒鳥村の安明寺御寺寺僧等へ売却する。(黒鳥村の初見) 『和泉市の歴史 5』(2024年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
32 正嘉2年 1258 勘解由小路兼頼が今泉荘に賦課をするが、寄人らが飢饉を理由に拒否する。 『和泉市の歴史 6』(2013年)
33 正嘉2年 1258 後嵯峨上皇の高野山詣に肥後氏・信太氏・箕形氏・池田氏ら和泉国御家人30名が宿居を勤める。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
『和泉市の歴史 4』(2015年)
『和泉市の歴史 5』(2024年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
34 正元2年 1260 坂本郷桑原村仏性寺で大般若経の校合がおこなわれる。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
35 文応元年 仁和寺勝宝院の道勝が槙尾寺で結縁灌頂、伝法灌頂をおこなう。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
36 文永2年 1265 春木庄冬堂(宗福寺)の鐘が鋳造される。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
37 文永9年 1272 信太氏・箕形氏・池田氏・大鳥氏・高石氏ら和泉国上方御家人が、鎌倉幕府の京都大番役(京都の守護)を務める。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
『和泉市の歴史 3』(2011年)
『和泉市の歴史 5』(2024年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
38 文永9年 1272 幕府御家人・中原公員が宮里庄内の山林(梨本山)を松尾寺に売却する。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
39 文永10年 1273 和泉国の春日社神人が免田と在家役免除を持っていたことが確認できる。 『和泉市の歴史 6』(2013年)
40 文永10年 1273 藤原友保が刀禰の権利を放棄したことを保証する証文を平資保の子孫へ伝える。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
41 文永12年 1275 高橋景永が嫡子らに所領を譲与する。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
42 文永12年 1275 松尾寺は中原公員から池田郷宮里庄内の山林を購入する。翌年松尾寺は公員と連携し、箕田村との相論に勝訴する。 『和泉市の歴史 2』(2008年)
43 建治2年 1276 槙尾寺で舎利会が始められる。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
44 建治2年 1276 箕田村と松尾寺との間で、梨本山をめぐる争いが起こる。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
45 弘安4年 1281 亀山上皇の熊野詣にあたり、平松御所の衰微が記録される。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
46 弘安6年 1283 観音寺兵衛入道連性が「和泉国寺門村」の大般若経を補修をする。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
47 弘安9年 1286 黒鳥の安明寺でおこなわれた大般若会に国分寺在住の僧が惣講師として参加する。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
48 弘安10年 1287 高志宗重が土地に春日雑免をそえて売却、これにより横山に春日神人が存在することがわかる。 『和泉市の歴史 1』(2005年)
49 弘安10年 1287 頼弁が春日社神人を夜討するなどし、池田庄から追放されそうになる。 『和泉市の歴史 3』(2011年)
50 正応2年 1289 府中付近の神社(小社、泉社、酒人社、市辺社)を記載する『和泉国神名帳』が大鳥社禰宜によって書写される。 『和泉市の歴史 5』(2024年)
『和泉市の歴史 6』(2013年)
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