むかしむかし、槇尾山(まきおさん)にひとりの僧が暮らしていました。僧は蛇を飼っており、乙(おと)と名づけて、たいそうかわいがっておりました。やがて、時が経つにつれ、乙はどんどん大きくなり、とうとう十三丈(約四十メートル)にまでなりました。
そして、そのあまりの大きさに、里の人々が乙を恐がるようになったころ、僧はしかたなく乙を近所の池に連れて行き、
「お前の姿は人々を恐がらせてしまうので、残念だが一緒には暮らせない。ここは住みやすいところだから、主として立派に生きなさい。」
と、まるで人に話すかのように言い聞かせ、池に放してやりました。
それからしばらく経ったある日、池へ水浴びに行った里の人が、どういうわけか乙に捕まって死んでしまいました。里の家族はそのことに大変腹を立て、
「あの池にはもともと蛇などいなかった。坊主が蛇を放したからこんなことになったのだ。まずはお前を殺して仇をとってやろう。」
と僧をののしりました。それを聞いた僧は、悲しい気持ちで池のほとりへ行き、
「乙や、乙や、お前が里の人を殺してしまったので、私も殺されることになってしまった。本当になんということをしてくれたのか。」
と涙ながらに乙に話しかけました。
乙はそれをじっと聞いていましたが、やがて悲しみと後悔にさいなまれて暴れだすと、近くの岩に自分から頭をぶつけて死んでしまいました。その話を聞いた里の人々は乙の心を哀れに思い、「乙が堂」というお堂を建てました。そして、乙の体が十三丈あったことにちなみ、十三の石をすえ、そこにお経の文字を記したそうです。
(槇尾山町(まきおさんちょう)周辺のはなし)
【まめちしき】
◇「丈(じょう)」とは、むかしに使っていた長さの単位です。ちなみに、一丈は約3.03メートルになります。
◇乙が堂の場所がどこだったのか、いまでは、はっきりとはわかりません。ただ、むかしばなしだけが伝えられ、残っています。