赤穂浪士、小野寺・近松両氏 書翰

 
 
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寺井迄ひそかにつうしをえて
一筆のこしおき候べく候 古主の
かたきをうちとり 本望をたつし 
うれしさもことはなく候 そこ
もとへも廿廿一日頃ニ聞え可申と
おなし心ニよろこひと すもし申候
其後おひ/\ニとり/\さたにて
ミなともの事 きゝおよひ申され
候ハん 先達而も正月はしめより
つき候ハんと 風の便ニきゝ候まゝこれ
にてその方のあまたのうわさ慥ニ
きゝてうれしかるへきとぞんじ候
一冬年十五日の夜 細川様へ参
その夜ニも御しおきニあふへしと
おもひ候処ニ おもひの外ニ此まゝにて 
としくれ正月さへすきて きさら
きのけふまて また此世の御酒も
たぶる事ふしきといふもおろか
なり いかなれ此うへのゆとりハある
ましきまゝ けふの中ニも事きわ
まるらんやと いつれも御左右を
まつまてニて候 誠ニ此たひの首尾
十ぶんニ志あふせ候事 武運の至極に
かなひ 八まんの御かこにてそ 有らんと
おもひ奉るほとの手きわなるし
わさともにて 世上きせんともニ
いにしへも日のもとにためしすくなき
ほとの忠儀の事と ほゝひの由にて候
死しての思ひ出此うへ有ましく候
一越中守様もその夜ミなともまた
ちか/\と御すわり被成候 皆のものが
此度の忠義 ことにおちつきたる
しかた御かんしなされ候と仰られ候
おもき大しゆ殿の此ことはま
ことにぶめうの本望とかたしけ
なく大慶いたし候 扨御ちそう人
しゆご人その外 れき/\夜昼入
かへ/\御もてなし御料理小袖を
初而人の身ニ いるものは 物之外ハ
けつこうニ仰付られ ありかたき
御なさけにて 此世ゟこくらくに
いたりたると 思ふはかりのくわつ
けひにて候 幸右衛門源五金右衛門参
たる御かた/\殿も 越中殿を
御きゝあわセときこへ申候まゝ
それ/\ニ御もてなしニあひ可申
とそんし候
一我等御しおきニあふてしするなれハ
かねて申ふくめ申候ことくニ そもしニ
あんおんにてもあるましきハ
さ候ハゝ かねてのかくこの事おと
ろきたもふましきと心やすく
覚よし 何事なき身となりて
都のかたわらにもすミ給はゝ 貞立殿
をよひむかへて ともニうきを語り
なくさミて久しからぬ御いちこを
見とゝけまいらセらるへく候 頼
おく事これにて候 そもし便
なきとなり給ふ事も又覚
語の前なるへけれは これを
思おく事もなく候 いか計おもひ
のこしても かいもなきにて候 
ともかふもして 一生をかすか
ニも おくるを あきらめの心を 
わすれ給ふまし
一幸右衛門事 成程けなげニ はたらき申候
金右衛門 源五も おなし事にて候 大
ていの事は きこへても めん/\の
かせきは きこへ ましく候人の事ハ 
云およはぬ事 おやこの事ハ 嘸
きかまほしく候 思ひ給ふらめと 
すもしニして 申入候べく候 十四日の日
暮に くら殿と二人 かこに乗て
やとを出立 堀部弥兵衛かたへ 行て
九つ頃迄 ものくひ 酒のミて かたりて
それゟ はやし町と 申所 堀部
安兵衛やとへ ゆき こゝにて せい
そろへして 七つ過ニ 打立て
かたきの かたへおしかけ候 其間の
道 十二三町有所にて候 昨日ふり
たる 雪の上に あかつきの 霜を
き いてこほりて 足もともよく 
火のあかり せけんを はゝかりて 
てうちんも たいまつも ともさね
とも 有明の月 さへて 道もまど
ふへくもなくて かたきの やしきの 
辻まてつめ こゝゟ 東西へ 廿三人
ツヽ 二手にわかれ 取かけ 東西わ 
長や こはしこをかけて やねゟ 
のりこえ申候 おや子 一方へは むかわ
ぬ事にて 我等ハ西へ かゝり 幸右衛門ハ 
東へむかひ候 源五幸右衛門 その外二
三人か連 四五人ことニ やねを 一番
にのり やねの上ゟ とひおりさまに 
高聲ニ 名のりて すくニ 玄関江 
かゝり 戸を けやふり おしこミ 番
人三人 廣間に ねてゐたるか おき
て 立むかふ 一人を 幸右衛門 たかもゝ
を 切おとして切ふセ すくニおくへ 
あるを 幸右衛門 おくへ切入さまに 
弓の つるを はら/\と 切はらひ 
とおり申候 よしにて候 これハ 兼而かねて
かたきの方ニ 弓はやりて いるも
の とおほきと きこへ候故 定而 
内そとに 弓にて ふセき可申候侭
その心得すへしと おの/\内々 
いひあわセたるゆへに かたき 
何方よりか おき出て うしろゟか 
いらるへきと 心得て つるを 切
はなして とおりたるらんと 能
心の 付たりとて かるき事なから 
そのミきり 人々かんし申候 これ程
の間を あわセ候事 おや心の う
れしき そもしも 共ニよろこひ
申され候 金右衛門は 十もんしを 能
つかふゆへ 手ころ間を 持て 廣
わにて 勝負して 多勢をあ
ひしらへとて 屋の内へ きり入 
人数にてハなく 新右衛門とて 小門の 
あるを まもらせおき候 あんのことく 
爰に 出給ふ物を つきふセしよし 
源五は 大たちとて 長刀のやう
なる たちをもち 下ニ くれな井の 
両めんの 小袖きて うへに 両めんの 
黒ひろ袖の 小袖をき申候 出立 
わきて いさきよく 見へ申候 これも
とうの てきを うちとり申し候 
わかき物とも ぶん/\の はたらき
して おなしく 本意とけ申候事 
さて/\ うれしさ すもし有へく候
とも に悦給ふへし 扨わかき者 年
寄 あらそふ事ニあらす わかき者
を さしつして 老人ハ たゝまもり
を よくすへし かたきの 家の内へ 
押入 人数一人も いきて出へからねは 
ミなおなし こゝろさし也 たかひニ あ
らそひもまし おとりもなしと 
打立まへニ たかひニ 神文を かき申候
ほとの 事ゆへ 西の手ハ 大石ちからを 
ともなひ かいそへニ 忠左衛門 我等参り申候 
此手ハ かけやを以て 三村次郎左衛門 三ツ四ツ 
戸ひらを たゝきて 打やふり とつと押込
すぐニ 上野殿 いんきよの 玄関へ 物入申候 
そのいきほひ いかなる てんまはしゆんも 
おもてをむかふへからすと 思はれ候 押入て 
門の右のかたの 長や前ニて二人 出あひたるを
とこ先へ出候を 我等こやりニて つきころし 
跡より 出たるを 間喜兵衛 つきふセ申候 
喜兵衛ハ 門をまもり 我等ハ 北のかた 浦
口へ迴り 隣土屋ちから殿衆垣こしに 
やしきの 内を まもりて居被申候 
こなたより 言葉を つかひ その方を
まもり出あふもの 二所ニて 二人 つき
ふセ申候 一人は 片岡源五右衛門 見てゐて 
十内殿 あそはしたりと ほめ申候 一人は 
大石瀬左衛門 見てゐて そのおとこの 
たをれさまニ 念仏申たるまて 聞申候 
三人なから せうこの 有にて候 老人の 
つみつくりとや申へき やり身の 
事なれは 刀に手も かけ不申候 
一親類書 指上申由とて 此通書て上ケ
申候 主人の かたき 打て死して 先祖
の 名を天下へ あらハし 是又 出望
の一にて候 おやの御いはいの まへに 此書
付を そなへ可被申候
一そもし ぶしのよし けふ 吉田忠
左衛門かたへ 去ル方の つてにきゝ候べく候 
珎敷覚し 人々の こゝろかわら
すは申て よきかたへは よきほとに 
申さるへし
一月なくする わさもなく 心のまゝに 
ねつ おきつ すきの 昼酒も ね酒も 
たへて 十七人の とうし 夜迄 こし
かたを かたり ちそう人衆も こゝろ
やすく あいさつニて さひしくもなく 
けふすてに 五十日 くらし申候 れいの 
哥よミて きかすれは 人々 袖しほ
りかんし入候 いかい事 よミすて申候 
何ケはゐるへくハ あとて 一筆又
おくりて 哥も いひやるへく候 幸右衛門事も 
心やすく 思ひ給ふへし わか此哥にて
あきらめられしかし
   まよわしな子とともにゆく
   後の世ハ心のやミも春の夜の月
死ぬへきなれハ 古里も わすれたらん
かとも 思ひめさるへき 此哥 此こゝろ 
思ひつゝ此らまゝ 申入候 せんふに 色々
の よミの やさいを 出されたるを 見て
   むさし野の雪間も見ゑつ古里の
   いもがかきねの草ももゆらん
一越中守様 御大家ニて 御人 多けれは 
哥人も ありと きこへて 慶安きゝ
つたへて くとくにわ 御たつね申され候 
われら そもしも 哥よむと きゝたりとて 
哥と たつね申されし 人も あるにて候
哥の道の 名まての うわさに あひて 
はつかしくも おかしくも 覚候
一同名十兵衛 かね沢との家内 藤介 
おろく 助四郎を はしめて 心した
ひニ ささるへく候 浅田瀬兵衛かた 
此正月より つめにて のほられ候と 
きゝをき申候 のほりて 御こしもあらハ 
かくす事もなきまゝ よきほとに 
こゝろへて可申候
一とうしの さいしの事 今迄 何の
御せんきもなく候
御老中秋元但馬様 御内に 奥田
孫太夫 しうとゐ申候に 但馬殿ゟ 
御さうつの よしにて 孫太夫 さいしを 
しうとのかたへ 引取申候 又 田村右京殿
富森助右衛門女房のおち ゐ申候
これも 御やしきへ 引取申候 吉田忠左衛門 
妻子も ちう志よ殿 むこの重大夫ニ 
引とれと 仰られニ申候 御家々 
かやうの いきほひにて さいしまて 
お大名かたの 御こころニ かけられ候事 
おの/\ 本望忝かり申候 そもしは 
引とらるへき 身よりもなく あわれ
とや 申へし ゑかうふんとのへ 御心得
頼申候 いかほとかきても つくすまし
けれは これまてにて候 親子ともニ 
腹切たりと いふ左右ほとなふ 
聞へ可申候 何斗も 人かいの一年
なきを さとりたまふゟ外にて 
あるましく候 以上
   二月十三日    十内
   おたんとの江
尚々 其後かたへ くわしく申入候侭 
いわせてきゝ可被申し候 以上
尚々別帋申入候 妻女儀母人へ
御見セ可被下候以上
一筆令啓上候 其許永昌院様 御氣分如何
御座候哉 次第寒々趣申候得ハ 如何と氣遣
奉存候 以書状御見廻申上度存候得共 當春ゟ
江戸ニ罷有 八月中旬ニ 上京申候得共 何角
用事取込 其上態と指ひかへ 以書状不得御意候 
文良をハ長谷より呼寄 逢申候 委細文良ニ存寄
共咄申候 
一拙者事 去春 赤穂於城内亡命之覚語ニ 相極
申候所 左様ニ候而ハ 上江則し逆意之様ニも
御座候間 先ツ當城をハ無恙指上已後了簡も
可有之候由 同志之面々も申候 其上存寄も
御座候ニ付 赤穂をハ離散申候得共 主人敵
目前ニ指置 存命申候段 本意とハ不存候ニ付 
其段 内蔵助申談候所 成程尤ニ候 其身も
其覚語ニ御座候 然共時節も可有之由ニ付 此節迠
見合罷在候 此度内蔵助にも江戸ニ罷下り候ニ付 
拙者も一所ニ 蒙意趣申候 主人江之志は相果
申候段 命不惜 武士本意と存候 乍然母□人
貴様お百事 嘸御歎と察申候 母主人事お百事は
女之事ニて 一入御力落と存候 此段心外ニ存候得とも 不及
是非候 拙者儀 幼少ゟわけて 母主人等不便之加
御恩 難忘存候間 存命ニて罷在候へは 拙者手前へ
引取置申度存候所 加様 罷成申候上ハ 不能其儀候 
母主人お百儀 偏ニ頼入候 お百事も幼少ゟ 吾等へしたしく
孝行ニいたしくれ候故 別而不便ニ存候
一貴様御事 年若ニも候得ハ 随分諸事 情を出
慎 専一ニ 忠孝を不忘 御勤可有之候
一拙者 諸道具衣類 江州之在所 又ハ江戸ニ
指置申候内 委細文良ニ 書附渡し置申候間 
左様 御心得可被下候 江戸ヘ持参申候 衣類さしかへ大小
長福寺ニ 預ケ置申候間 左様御心得可被成候 
一江州在所之 帳面等 貴様と文良渡し置申候間 
左様御心得被成 兄弟之儀ニ候得ハ 御両人之御相談
ニ而 如何様共 可被成候 恐惶謹言
               近松勘六
  十二月日
                 紀(花押)
  仁尾官右衛門様