山岡鉄舟書 「洗然順所適」扁額


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 幕臣、剣術家で維新後は茨城県参事等を歴任し、勝海舟(1823-99)、義兄高橋泥舟(1835-1903)とともに「幕末三舟」と称される山岡鉄舟(名は高歩、1836-88)が、扁額用に供するべく半切の紙に草書で「洗然順所適」と揮毫したものである。「洗然(せんぜん)、適(ゆ)く所に順(したが)う」で「さっぱりとして、心の赴くままに任せる」という意に適った豪快達筆の書だが、これは盛唐の詩人杜甫の五言十句から成る古詩「営屋」の第七句。
 落款も草書で「鐵舟」としたため、その「舟」に重ねて「山岡高歩(たかゆき)」白文印を捺し、「鐵舟居士」白文印も添えるが、名や号の墨書の上に落款印を重ねる様式は、宋代の欧陽脩・蘇軾・黄庭堅・米芾(ふつ)、元代の趙孟頫(もうふ)や鮮于枢(うすう)らに見られ、日本でも南浦紹明(なんぽじょうみょう)や一休宗純らの墨跡に散見される。解説者も同様に落款印を捺すことがあるが、江戸時代後期の小島成斎(1796-1862)と門人高橋泥舟らの特徴的な押印法であったことが指摘され、その泥舟の妹の夫が鉄舟であってみれば、本作での押印も理解できよう。
 朱文楕円引首印「處世若大夢」も盛唐の詩人李白の五言十二句から成る古詩「春日醉起言志」(春日、醉いより起きて志を言う)の初句。「世に処(お)るは大夢の若(ごと)し」すなわち「この世の生は大きな夢に過ぎない」などと解されるが、引首印と落款印の三顆ともに七言二句と同じものであることから、同時作であったかと思われる。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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