大沼枕山書 七言絶句「呉宮」


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 漢詩人大沼枕山(名は厚、字子寿、1818-91)が半切の画仙紙に行草体で揮毫した七言絶句「羅綺香温半夜天。君王宴楽未成眠。臥薪嘗膽外邊事。不到高臺歌舞莚」で、その下に少し小さく「呉宮」と題記し、落款「枕山生」に、別号台嶺の「嶺」を山偏に「領」として刻した「台嶺眞逸」白文印と「沼厚子壽」朱文印を添える。朱文引首印「正始餘音」の「正始」は三国時代の魏の年号(240-249)で、その頃、酒を酌み交わしつつ清談した阮籍(げんせき)や嵆康(けいこう)ら「竹林の七賢」の詩体は正始体と呼ばれる。また「餘音」は前代から伝わった歌曲、また同趣を有する歌曲とされることから、この引首印は、竹林の七賢と同趣の詩であることを示すものかと思われる。
 呉宮とは、中国春秋末に呉王夫差(ふさ)が蘇州に築いた宮殿のことで、「王は着飾った女性たちと深夜まで酒宴や歌舞を楽しみ、眠るどころではない。臥薪嘗胆の心も忘れて、政治に励むことがない」と詠む。これは、夫差が毎夜薪の上に寝て、越王勾践(こうせん)に討たれた父の仇を忘れまいと誓い(臥薪)、遂に会稽の戦いで越を破ったが、勾践からの賄賂を受け入れ、また送られた美女西施を寵愛して政治を疎かにした結果、その間、食事の時に肝をなめて「会稽の恥」を忘れず(嘗胆)、兵力を蓄えた勾践に攻められ自害し、呉が滅亡したという「臥薪嘗胆」の故事を踏まえた漢詩である。
 
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
 
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