- 「江山萬里」扁額
- 中村不折書
中村不折(名は鈼太郎、1866-1943)は明治・大正・昭和にわたる洋画家ながら、明治28年(1895)に正岡子規とともに日清戦争従軍記者として中国へ赴いた際に半年ほど中国、朝鮮半島を巡ったことが契機となり、中国書跡を蒐集して造詣を深め、昭和11年(1936)には邸内に書道博物館を設立した。また、北派の書を根底とした独自の書を揮毫したことで知られる。
本作は、半切の画仙紙に松煙墨と思しき淡墨を用い、北魏の鄭道昭(-516)ふうの楷書で「江山萬里」としたためた扁額である。扁額などはふつう右横書きと称されるが、「一行一字の縦書き」と見る説もある。一字ずつ改行を繰り返しつつ、小字の落款「不折書」は縦に字を連ねるからである。ともあれ「江山」は河と山、すなわち山河や国土の意で「江山万里図」という画題もよく知られるところ。「江」より「山」が少し高くなっているのは、「山」が縦画から始まる字によったであろうが、画家の絵心から、敢えて「山」を高く配したかもしれない。
四辺を輪郭線で囲った漏白辺式の「羞愚」白文引首印と、「孔固亭主」白文落款印を捺すが、「孔固亭」は不折の別号である。落款に年紀が記されていないが、坂野家にはもう一点、不折が絹本に揮毫した「月波楼」扁額があり、大正9年(1920)の同家改築の際のものとされることから、前後は判じ難いことながら、本作もさほど時を隔てぬものかと思われる。
解説: 森岡 隆(筑波大学教授・博士(芸術学)) 2019.3
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