明治前期の農産物

89 ~ 93 / 503ページ
明治のはじめから二〇年代頃における市域の農業の状態はどのようなものであったのだろうか。市域に残る資料、例えば「物産書上げ等」では何れか旧一村を示すものになるので、全県的な統計資料の中の豊田、岡田両郡の数字をみることにより、この地方の特徴、傾向を考えてみよう。
 まず明治一〇年(一八七七)の「農産表」を整理すると第一八表のとおりである。ここでは農産物が米、麦、諸雑穀、大豆、甘藷等の「普通農産物」と、綿、繭、生糸、藍、茶、煙草等の「特有農産物」に分けられている。これは全県的な規準で調査されたもののため、代表的なもののみが報告され、細かなものは除かれていたと思われる。しかし金額でみたとき、両郡とも「普通農産物」が圧倒的比重を占めており、衣料の関連や、茶・たばこ等嗜好品の「特有農産物」は十数パーセントにとどまっている。普通農産物の中でも米、麦が多くそれにつぐのは両郡とも大豆である。とくに豊田郡の大豆の一八・七パーセントは高い比重を示しており、畑の換金作物として広く栽培されていたことがわかる。
 
第18表 旧豊田・岡田2郡農産物構成(明治10年)
 豊   田   郡(78ケ村)岡   田   郡(53ケ村)
作付反別収  量価  額構成比作付反別収  量価  額構成比
町  石  円  %町  石  円  %
1   米1763.102517186.49281240.54737.8776.18166701.20133130.73736.0
2  糯 米132.00241372.3506675.1103.142.9325355.5501975.0802.1
3  大 麦1777.092217518.69531200.79514.51325.632712915.46120031.88021.8
4  小 麦735.89224319.85012985.4696.0713.61143130.3638708.6699.5
5  裸 麦167.18001201.4501952.3560.9
6   粟196.74001829.5662945.6011.4195.17122182.5502571.6442.8
7   黍3.711947,30068.6320.04.481748.68053.5480.1
8   稗55.7809764.692705.0460.3147.49081933.8201050.0641.1
9  大 豆1646.32279357.99239312.92418.7552.70172517.3668875.4049.6
10 蕎 麦151.0128684.8221410.7330.788.4105575.6761189.3471.3
11 蜀 黍7.842582.58068.8710.0660020.00020.0000.0
12 玉蜀黍4.41003384斤77.8320.0
13 甘 藷25.7600145625斤7281.2503.428.1409207130斤414.2600.5
普通農産物
  計
6666.8921185925.16686.43875.450078020.03384.8
14 実 綿428127斤17553.2078.2121900斤4754.1005.2
15  繭2986斤1555.7060.7636斤422.3040.5
16 生 糸102斤375.5640.235斤194.2850.2
17 藍 葉59569斤1727.5010.82081斤83.2400.1
18 製 茶2548斤532.5320.223859斤5415.9935.9
19 葉煙草2750斤1375.0000.6
石  石  
20 菜 種1083,6806050.1852.8449.3023118.6053.4
特有農産物
  計
29169.69513.613988.52715.2
合  計215094.861100.092008.560100.0
註)価格は資料の「一石一斤ノ通価」から換算した。
出典)「明治10年農産表」(明治11年5月27日茨城県布達丁番外)


 
 特有農産物の中では綿、菜種の額が多いのは共通しているが、岡田郡に製茶が多いのは注目される。また両郡とも繭、生糸は未だ少なく、藍の栽培が豊田郡にかなり残っていたことがうかがわれる。
 明治一〇年代を通して両郡農産物の変化を一四年と一九年の「県統計書」を参考にしてみてみると、米は豊田郡では一〇年を一〇〇とした時、一四年一二〇、一九年一六三とかなり増加した。岡田郡では同じく一四年一四三、一九年一七〇と顕著な増加があった。畑作物では大豆がこの間着実に増加したが、麦や諸雑穀はいずれも収量において減少するか、微増にとどまったものが多い。
 明治一四年からは小豆、大角豆、胡麻、荏が統計品目に加えられ、一八、九年からは蚕豆、豌豆などの豆類やだいこん等の野菜も加わる。明治一〇年の統計では自給的農村における多面的な農産物の栽培が表わされていなかったが、統計の整備でようやく農業生産の実体に近づいたものになったと見ることが出来る。
 なお絹西三か村は北相馬郡に属したが、同郡は西北部と東南部とでは全く異なった地目構成となっているため、北相馬郡の数字は掲げなかった。市域内の絹西三か村は製茶の産額が高いことなど、敢えて言えば岡田郡に近い産額概況を示していたと思われる。
 
第19表 村別農産物概況
 豊田郡平均十花村山中村岡田郡平均報恩寺村横曽根村
石   石   石   石   石 石 
220.339766.37525.900126.434062. 400. 
糯  米17.594923.2006.8566.709438.578.7
大  麦224.598755.50525.830243.6887755. 600. 
小  麦55.383314.1404.93559.0642100. 71.5
裸  麦15.403855. 201.1
23.456410.0756.30041.181175. 140. 
.60645.3504.1009189
9.80388.1005.20036.4868255. 71.5
大  豆119.974424.14015.60047.4981225. 300.2
蕎  麦8.77954.5004.30010.862318. 8.5
小  豆2.9503.300
貫 匁貫 匁
甘  藷298.720625.28010000
貫 匁貫 匁貫 匁
実  綿878.208.250160  368.0007501530.600
122.19285.  90.9006.28270643.700
製  茶5.22771.21180500  
石   石   石   石   石 石 
菜  種13.89365.1005.4008.47745741.4000
(村概況)
農業(戸)59  52  18391  
商  業0  1  00  
農商兼業1  9  1195  
工業その他0  0  1721  
現住人口(人)569  392  12911199  
註)豊田郡,岡田郡平均は第18表(明治10年)から作成
出典)十花村,中山村は各村「沿革」(箕輪町杉山家史料),報恩寺村,横曽根村は「豊岡村誌」(水海道市役所蔵)


 
 ここでは、個別村における農産物を見るため、豊田郡十花村、中山村、岡田郡報恩寺村、横曽根村の四か村を掲げた。ただし十花村と中山村の数字は全産額ではなく、「輸出」分としてその一〇分の一を機械的に換算して書き上げたものと思われる。ここでも報告書の書式にのっとって書き込まれたもので、細かい蔬菜類や豆類、果実などが欠落している。この四村とも近距離の場所に水海道があり、「輸出」先も全て「水海道駅」と記されている。