第二次石下町振興計画

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昭和五十一年度に「農工商の調和した豊かで活力のある町」を目ざして、長期総合振興計画の基本構想を策定した町当局は、道路・橋梁を主とした生活関連施設の整備、幼稚園・小学校等の教育施設整備、農業基盤整備を主とした産業の振興等を重点施策として、町行財政の運営に当り効果をあげてきた。しかしながら「本町を取巻く社会情勢は、高齢化社会の到来、国際科学技術博覧会を契機とした地域の国際化傾向が強まる中で、常磐自動車道の開通等交通網の整備、周辺市町村における工業開発、更に内因的には主要地方道土浦・境線新線の整備・供用、石下駅東等七地区の土地区画整理事業の概成などにより大きく変ろうとしている。また高度情報化社会や技術革新のすすむ中にあって、地域住民の生活水準も徐々にたかまりつつあり、これらに伴い生活様式も多様化し、行政需要も複雑・多岐にわたり、行政としての対応も変貌してきている。……このような状況から住民ニーズを的確に捉え、かつ現在の社会情勢を踏まえた「豊かで活力のある町」を目ざした(『第二次石下町総合振興計画』)町づくりをしなくてはならないと、昭和七十年度を目標年度とする、一一か年にわたる計画の「第二次石下町総合振興計画」が、昭和六十年三月策定されたのである。
 「豊かで活力のある町」づくりの基本構想は、第一次の振興計画の方針を受け基本計画に六年(昭和六十年度~六十五年度)、実施計画に三年を要するものとして定められた。
 さて第二次振興計画では、過去約一〇年間にわたる町の発展を各分野から分析した上で、「本町の抱える課題」として次のように結論づけている。
 
  本町は首都圏五〇~六〇キロメートルの恵まれた立地条件にありながら、首都と直結する鉄道や幹線道路
  が整備されていないこともあって急激な都市化現象は見られないものの、住宅開発や工場開発などに伴っ
  て、緩かな都市化がすすんでいる。また町内には鬼怒川や小貝川などの河川や西部地域を中心として多く
  の山林があり、自然に恵まれた地域となっている。しかし周辺市町村等、本町を取巻く情勢は筑波研究学
  園都市の概成や国際科学技術博覧会の開催に伴う周辺開発、更に本町との境に整備された水海道市の大生
  郷工業団地の稼働など東南部地域を主に大きな変貌をとげようとしている。一方町内においては主要地方
  道土浦・境線新線の開通、都市計画街路の整備等を主要因とした新規住宅の立地が増大している。また中
  心市街地周辺においては約八〇ヘクタールに及ぶ土地区画整理事業が実施されるなど着実な変化を示して
  いる。
 
 このような状況のもとで新しい町づくりをすすめていくためには、次の四つの課題がある。
 
  1基礎的条件
   (1)土地利用  本町の土地利用は、第二、第三次産業就業者の増加に反比例して農地の減少を余儀な
     くされており、優良農地の確保をすすめていくことが必要となっている。更にこれら開発の進展は
     山林の減少をも早めており、特に山林は自然休養や水源涵養等多くの利点を有しており、一定規模
     の確保が必要となっている。
 

Ⅷ-2図 千石きゅうり(昭和62年6月 茨城県銘柄産地指定)

   (2)交通体系  産業・経済の発展を促すとともに、日常生活の利便性を向上していく上で交通体系の
     整備は重要である。特に本町では、首都と直結する鉄道がないこと、現在の国道が幅員狭小等によ
     り飽和状態であることなどの問題があり、鉄道新線の誘致や現在の国道に替る幹線道路の整備が重
     要な課題となっている。
   (3)生活環境  地域住民が日々の生活を営んでいく上で最も重要なのが水の確保と排水処理である。飲
     料水の確保については、町中心市街地とその周辺を給水区域として上水道が整備されているが、そ
     れ以外の地域については自家水道に依存している。最近では水質悪化や地下水の低下等の問題が引
     き起こされており、将来にわたる安定的な水の確保が要求されている。
     排水処理については、そのほとんどが宅地内処理または道路側溝を利用しての排水処理であり、特
     に後者は排水路、河川の汚濁を引き起こしており、家庭排水処理施設や専用排水施設等の設置が望
     まれている。
     また駅東地区を主とする中心市街地内においては、排水条件が悪く、特に大雨時に至っては多くの
     浸水箇所が見られ、都市下水路等の整備が必要となっている。
  2福祉・医療
    食生活の改善と医学の進歩により、平均寿命は年々伸び続け、老齢社会へとすすんでいる。これに伴
    い、生きがいのある老後生活が送れるような老人対策が望まれている。
    また、安心して生活できる地域づくりの一翼を担う医療施設については、周辺市町村に救急医療施設
    を備えた総合病院等が設置されつつあり、充実しつつある。救急体制についても広域消防による救急
    活動がなされている。しかし夜間診療体制が不備であり、その体制の確立が望まれている。
  3教育
    立派な社会人を育くんでいく教育のうち、幼児教育、義務教育については、その施設整備は全て終了
    し、より良い環境のもとで教育がすすめられている。しかし全国的な傾向としての青少年の非行につ
    いては、本町も同様の傾向にあり、親と子の心の触れ合い、生活指導の充実等が望まれている。また、
    社会教育については、生活水準の向上に伴う意識の変化や余暇時間の増大等により、教育を受けたい
    とする熱意の高まりとともに参加者も増える傾向を示している反面、指導者の不足が問題となってい
    る。
    社会教育施設については、ほぼ全域に整備されているが、核となる施設が不十分であることや、図書
    館等の次元の高い施設が未整備なことも問題となっている。
    都市化の進展とともに地域住民の心の触れ合いが少なくなり、地域共同体としての役割は徐々に薄ら
    いでいる。特に市街地及びその周辺については、新規住宅の建設等による新住民の増加、就業構造の
    変化による遠距離通勤や勤務日の相違等が、よりよい地域づくりを行なっていく上で大きな問題と化
    しつつある。
  4産業
    本町の基幹産業として、これまでに重要な役割を担ってきた農業は、高度経済成長とともに離農現象
    が目立ち、就業者数はこの十数年間で半減している状況である。
    更に就業構造は高齢化、婦女子化がすすみ、高度な生産等があやぶまれている状況である。これに対
    し、農業基盤は昭和三十年代後半より積極的な整備を実施してきたことにより、その大半が優良農地
    として、かつ機能的基盤として整備されている。歴史的に長い伝統を持つ織物業は、人々の着物離れ
    が進む中で、その発展にとって憂慮すべき状況となっている。このため町の顔として位置付けられて
    いる紬の振興を図っていくことが必要であり、織物の町としての総合的な織物振興をすすめていくこ
    とが緊要である。
    一方、交通条件の整備と相まって、本町へは西部地域を中心に多くの企業が進出し、地元雇用の拡大
    或いは町経済の活性化に貢献してきているところである。しかし立地については、そのほとんどが散
    在した立地であるため、望ましい土地利用上或いは公害防止等の観点から、工場の集団化が望まれて
    いる。
    商業については、駐車場等の未整備により、地元吸収率が弱く、買物等利用しやすい基盤づくりが望
    まれている。
 
 町の将来計画を策定する上で振興計画では石下町の人口を、昭和五十八年の二万一〇一二人(常住人口調査による)を基準として、昭和六十五年には二万三五〇〇人、同七十年には二万五〇〇〇人と予測した。これに伴って産業別就業人口も、Ⅷ-1表のように推定した。つまり従来本町の基幹産業の主体である農業が後退するのに伴なって、第一次産業就業者の産業別就業人口に対する割合は、昭和六十年の一九・五パーセントが同七十年には十三・八パーセントに減少する。これに反して第二次・三次産業就業者が約三パーセント増加し、昭和七十年には第一次産業就業者の約三倍の数値を占めるものとなる。
 
Ⅷ-1表 昭和70年における産業別就業人口推計値
昭和55年度昭和60年度昭和65年度昭和70年度
人 口比 率人 口比 率人 口比 率人 口比 率
第一次産業
就業者
2,90427.92,20019.52,00016.41,80013.8
第二次産業
就業者
3,88037.24,60040.75,20042.65,70043.9
第三次産業
就業者
3,63234.94,50039.85,00041.05,50042.3
10,416100.011,300100.012,200100.013,000100.0
(「第二次石下町総合振興計画」より)
単位=人・%


 
 人口の増加および産業構造の変化は、当然土地利用の上でも変化をもたらす。このため将来の土地利用については「法令に基づく面的利用の明確性の推進を基本として、積極的に優良農地の確保に努めていくとともに、自然環境の保全、歴史的風土の保存等に十分配慮し、未利用地の活用など土地の有効利用に努める」(「総合振興計画書」)ものとされた。