博愛社設立につき征討総督宮に提出する願書(朱書き 三の一)
このたびの鹿児島県 暴徒のご征討は 実に容易ならざる事件であり
開戦から四十日を過ぎ 攻撃は昼夜関係なく 官兵の死傷者が
すこぶる 夥しいようです 戦地の状況を 逐次伝え聞くところによると 悲惨な
状況は 誠に傍観しがたいものです。そもそも死者は 深く憐れ
むべきですが 生き返らせる方法はありません。ただ傷者はあらゆる痛苦が生
死の間に出没するため、すべての救済の道を尽くす必要があると
思われます。 もとより政府においては看護 医療の方法を整備していますが
連日の激戦で 傷ついた者の数は次第に増し 自然と行き届かない
場合もあるように推察されます。
天皇陛下は とてもお心を痛められ しばしば 慰問の使者を遣わされました。
皇后陛下におかれてもまた 厚いご下賜がありました。 臣下である我々は感泣して
おります。ついては この際に臨み 世代にわたり陛下から賜った御恩に対して 万分
の一でも報いるべく 失礼を顧みず 一社を結成し 博愛と名付け
広く世に告知し 有志の者を募集して 社員を戦地に送り
海陸軍医長官の指揮の下 官兵の負傷者を救済致し
たく志願するものです。また 暴徒の死傷は 官兵の倍の数であるだけでなく
救護の手段すら整えられていないことは言うまでもなく 負傷者を山野で
雨露にさらしたままのこともよくあるようです。 この輩(やから)のように
大義を誤り 官軍に敵するといえど かれらもまた 国の人民であり
陛下の赤子(せきし)です。負傷して座り込み ただ死を待つ者を 捨てて顧みないことは
人情として耐えられません。この者たちをも収養し治療することをお許しいただけないでしょうか。
(このことは)朝廷の情け深さを内外に示すのみならず
感化する一端になるでしょう。 欧米の文明国では 戦争がある毎
に 自国人はもちろん 他国からも あるいは 資金を出し あるいは 物資を贈り
もしくは人を派遣し 敵味方の区別なく 救済を行うことに 努める
慣習があり その事例には枚挙にいとまがありません。 本件は 一日の
遅れが多くの人命にかかわるため 即決とすみやかな実施を要します。 何卒
ささやかな志をご明察いただき、至急ご指令をください。なお 別紙に
社則一通を添付し 本件につき お願い申し上げます。
明治十年五月三日
議官(元老院) 佐野常民
議官(元老院) 大給恒
願いの趣旨は聞き届けた
但し、委細は軍団軍医部長と打合せをすること
五月三日
征討総督印
(有栖川宮熾仁親王)
〔別添〕
博愛社々則
第一条 本社の目的は戦場の負傷者を救うことであり、一切の戦事に干渉しないこと
第二条 本社の資本金は社員の出金と有志者の寄付金によって成ること
第三条 本社が雇用する医員、看病夫などは、服の上に特別の標章を着け、遠くからも識別できるようにすること
第四条 敵人の負傷者であっても救える者はこれを救うこと
第五条 官府の法則に謹遵することはもちろん、その進退も共に海陸軍医長官の指揮を受けること