1995年、第3回のラグビーワールドカップは、南アフリカ共和国で開催され、世界における「ラグビー競技」の普及、発展に大きく寄与する大会となった。ラグビーの世界標準化への方向性は明確に示され、IRFBの加盟国は倍増した。ついに、ラグビー競技でも、東京で開催されたIRFB総会において、スポーツの競技団体としてオープン化に踏み切るという結論を得た。これを期に、ラグビーに関係するものすべての領域において、様々な議論が世界的に実施され、ルールそのもの検討も例外ではなかった。
1996年、IRFBは、全世界の加盟国すべてに対して、今後のラグビー競技の競技としての進むべき方向性やあるべき姿、具体的なルール制定の方法、あるいはルールの内容についての質問書を作成し、世界の加盟国は、これに従い様々な議論を行って、一同に会し、新しいラグビーの姿について検討した。
1997年、IRFBはIRBとなり、前年からすべての加盟国にコメントする機会を与えた後に、ラグビーの基本原則について、明確な原則を制定した。これが、前述したように「PlayingCharter」であり、わが国では「ラグビー憲章」としている。
「ラグビー憲章」の序文には、次のように記されている。
【ラグビー憲章の存在は、ラグビーに大きな恵みをもたらすものとなろう。ラグビー憲章に照らし合わせることにより、あらゆる基準が明確になる。そして、このことが根拠の曖昧な変更を防ぐことにつながり、いかなる変更もラグビー独自の特性との一貫性をもつことになるからである。したがって、ラグビー憲章は、ラグビーとは何かを説明する競技規則を補う重要な性格を担うものであり、プレーヤー、コーチ、レフリー、そして競技規則を制定するものに、一定の規範を示すものとなる。】競技規則1998年より。
このラグビー憲章の制定により、ラグビーの競技方法とルールとの関係は、これまでに増してラグビー競技の独自性を失わないために強固に連結した重要な役割を担うことになった。プレーとコーチングなどに適用するためだけではなく、さらにルールの制定とルールの適用(レフリング)というゲームを運営することに関しても「ラグビーの基本原則」として明確に位置付けられた。この原則については、2003年の改訂されたラグビー憲章でもこれについては同じである。
つまり、ラグビーにおいて、「ルールを制定する」そのこととその「ルールの適用:レフリング」ということは、ラグビー競技の基本原則そのものであるという宣言であり、今後のラグビー競技のルール制定とレフリングについては、このラグビー憲章に則ったものでなければならず、又それは、プレーヤーやコーチング、さらには各協会、観衆とも密接に関わりがなければならないということを意味している。
1997年のオープン化以降、ルール改正の項目は、プレーの変遷に併せて、複雑になり非常に多くの条文に渡り、手直しが施されるようになったことは、次頁の表6を見ても明らかである。これまでの競技規則の条文等では、取り扱いきれずに多くの時間と労力が必要となっていった。IRBでもこうした課題を解決すべく、わかりやすいルールブック作成に向けて、中長期的な取り組みが始まり、2年あまりの準備期間を経て2000年には、現在のような「試合前、試合中、試合後」などのような、わかり易い、新たなルールブックが完成しゲームの運用が始まった。この新しいルールブック作成過程や議論等の詳細な過程について、スポーツ競技としてのルール史的観点から、改めて検証等を行うことは、スポーツ史研究的な意味合いからも興味深いところであり、いずれ整理されることと確信している。
一方、「ルーリング」の項目内容についても、新しいルールブックの改正以後になり、この年度以降、IRBでのルーリングの適用も頻繁に行われるようになってきた。明文化されたルールブックの解釈上の問題ではなく、ルールの適用・運用上の解決策として重要度を高める項目となっている。
今後は、ラグビー競技のルール改正や運用法の研究対象としても、一層注目されるようになると考えられる。
2001年以降のIRBが実施したルーリングの回答数は、以下の通りであり、非常に興味深い。以下のことからも新しいルールブックの作成後、非常に多くのルーリングが実施されていることが判る。
ルーリングの実施回数
2002年 9回
2003年 14回
2004年 10回
2005年 7回
2006年 10回
2007年 2回(4月現在)
IRBでは、これらのルーリングについて毎年、WEB上でその内容を公開し、全世界にリアルタイムでのルールに関する情報の提供を実施してきている。世界中のラグビーゲームが統一規格による、適切なルールの適用と運用によって、世界同時の共通のラグビーゲームの形体が普及発展するための試みといえよう。我が国にルーリングについて残っている資料も数少なく、8,14,15)今後のラグビーにおけるスポーツ競技の移り変わりを分析する際、重要な資料となるものと考えられる。
したがって、1997年のIRB設立以降のルール改正やルーリングについての情報は、IRBとわが国のルール改正の時期と内容とも、ほぼ一致するようになった。(但し、ローカルルールとの関連から時期的な差が生じているものもある。)
事実、日本協会でもこれに追随するように、昭和51年度より毎年、年度毎に整理されてきた、「年度単位での相対的なルール改正についての大要」等の作成と記載についても、競技規則上では見ることがなくなった。
以上のように、最近になって科学技術とIT技術の急速な進歩に追随して、様々な情報伝達のスピードも加速している。加えて、シーズンの異なる南半球と北半球では、独自のシーズンにあわせて、試験的なルール改正の状況次第では、ルール改正の実施日の相違などが通常のように実施されるようになっている。情報伝達のスピードも急速に進歩して、これまでのような年度ごとに区切って、整理する必要性もなくなってきたことを否定することはできない。そこには、ルール化すること、つまり競技規則に明文化することの意味を明確に示したIRBの方策に従って、世界各国が新しい「ラグビー競技」の運営を迅速に実施されることが前提となっている。
今後、わが国のルール改正等の変遷について整理する場合には、わが国の国内特別ルールや年代別の特別ルール、さらには大会ごとの大会ルール、その他地域やレベルに応じたルールなど、わが国ラグビー界の特別な事情を優先したローカルルール改正が実施されることになるだろう。つまり、ルールの分析についてもわが国のラグビー事情を直接的に反映、改善させるために、特別の意図について整理、検討することが必要となるだろう。しかし、「ラグビー競技」そのもののルール改正の内容については、IRBの意図そのものでなければならないという点を忘れてはいけない。
【平成から現在までの年代】(表6)