まとめ


 現代ラグビーのスポーツとしての競技方法、プレーの動向の具体化は、プレーそのものを規定するルールに直接反映されることになる。したがって、ルール改正の流れを整理することによって、現代ラグビーが指向してきたもの、さらに現在のラグビーを検証し、今後指向するラグビー競技の姿を明確に予見することができると考えられる。
 本編では、こうした現代ラグビーのルール改正の変遷を経年的に整理することによって、第二次世界大戦以後、ラグビーのスポーツ競技団体としての組織化、成熟化と関連して、ラグビーの世界的な普及発展が志向されてき過程を再検証した。さらに、ラグビーゲームのスペクタクル化を謀るために、プレー自体のスピードアップとプレーの継続化について、全世界的にも積極的に取り組まれたことがルール制定や改正にも反映されてきた。同時に、それは、プレーの連続性とプレヤーの安全対策についても、世界共通の課題として積極的に取り組まれた課題であり、今回のルール改正の変遷を辿ってみても、その傾向は、明確であった。
 特に、1970年代後半からは、プレーの継続とプレーヤーの安全確保が重要視されて、ルール制定が本格的に取り組まれており、安全面よりスクラムに関する条項などは、毎年のようにルール改正が実施されるようになった。また、ルール改正の中には運営上、交替人員の確保や競技場への立入者(メディカルサポーター制の導入)等に関するものも実施されるようになり、ラグビーの質、そのものにも影響を及ぼす内容も存在した。
 近年の世界ラグビーの潮流とわが国の取り組み等についてもさまざまな点が明確になってきた。特に、1990年代以降、定期的なワールドカップ開催(4年周期)を契機として、IRBが主導となって、ラグビー競技の世界的な拡散と普及、発展が志向された。これに伴い、コンタクトプレーの激しさやゲーム展開の速さ等が最重要視されて、プレーの連続に関連するルール改正、特に、タックルに関する条項については、頻繁に実施された。加えて、日本国内のローカルルールの設定など、わが国特有の課題を検討しながら、日本独自のラグビー普及発展を積極的に指向して、ルール改正の取り組みは実施されてきた。
 さらに、1995年からは、ラグビー競技は、アマチュアリズムを撤廃しオープン化した。その影響は多大であり、数多くの国々に様々な変化を生じさせた。4,31,37)
 しかし、同時にIRBは、新たな問題解決の道しるべとして、ルール改正等についても重要なチェックリストを作成した。1997年、「ラグビー憲章」が制定された。これは、ラグビー競技における「ルール制定」の意味付けなども規定さており非常に重要な意味を持つ制定であった。この憲章は、ルール改正の直接的な内容ばかりではない、ラグビー競技の本質に関わる検討や議論についても、その志向する方向性を明確に示唆している。このラグビー憲章によって、ほぼ総ての諸問題に対して、具体的な解決策が具体化できるように制定されている。これは、ラグビーがスポーツ競技としての歴史的な発展の過程においても初めて明文化されたものと言っても過言ではないと思われる。少なくとも、わが国においては、ラグビー競技のルールの内容や制定等に関する様々な問題の解決のためには、このラグビー憲章が始めての文書であることは、非常に意味深いものである。
 わが国においては、IRBが制定した、「PlayingCharter」を訳して「ラグビー憲章」として明文化して、公開した。ルールブック上に同時にこの憲章が、明示されるようになったのは、2000年のわかり易いルールブック作成が行われた年度からである。したがって、このラグビー憲章のルールブック上の明文化は、2001年度となる。さらに2003年には、IRBのラグビー憲章も改訂されている。
 ラグビーオープン化以降のルール改正の変遷については、「ラグビー憲章」に則ったルール改正の意図や解釈等を検証し、ラグビー競技におけるルール制定と改正、レフリングの重要性についてあらためて、明確に示そうと試みた。今後のルール改正については、この「ラグビー憲章」に沿ったルール改正でなくてはならない。ローカルルールや年代別のルールについても、ラグビー憲章と比較検討し、今後も継続して注目すべき課題であると考える。